2021/03/14

福島報道に思うこと

 3月11日を前後して東北大震災そして福島の原発の記事やニュースがマスメディアであふれかえっています。苦労した人、悲しい思いをした人、さまざまななドラマが語られています。それはそれで私たちが耳を傾け、目を向けないといけない現実だと思います。でも、私にはもう一つの語られていない事実があると思えてならないのです。震災直後、「年間100ミリシーベルトの被曝までは安全」と言い放った長崎大学教授や、「プルトニウムなんて飲んでも大丈夫」と放言した東大教授達は、いまどうしているのでしょうか。科学者として発言されたのですから、いまの段階でご自身の発言に対して、どういう見解を持っているのか聞いてみたいと思いますし、この人達は発言すべきだと思います。
 そしてマスメディアは、それをどうして報道しないのか、そんな思いを持っています。この人達は、科学者として発言したのですから科学的根拠があったはずです。そうだとすれば、いまでも同じ発言をするべきだと思います。そして社会に対して責任を持つべきだと思います。逆に東電の意向で発言していたのなら発言を辞めるべきだし、現実に今は発言をしていないのですから科学者としての発言ではなかったのかもしれません。しかしそうだとすれば、この人達は社会を裏切ったのです。それだけでなく科学そして学問を裏切ったのです。いま福島に何人かの「専門研究者」が入って活動をしていることが報道されていますが、彼・彼女達は自分達の先輩科学者が発言した内容を否定していません。なぜでしょうか。それでいて自分たちは御用学者ではないと主張している報道がありました。先達に対する真摯な反省がないままで自分たちが御用学者でないということはできないのではないでしょうか。真摯な反省なくして、誰が何を信用するのでしょうか。専門家はキチンと反省すべきだし、マスメディアはそうした面を報道すべきです。それが学者であり専門家だと思います。

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2020/09/22

精神病院の虐待 共同通信配信記事

神戸の精神病院での虐待事件を共同通信が報道しています

;精神科病院「B棟4階」のおぞましい虐待
看護師らが法廷で明かした真相とは
https://this.kiji.is/675682434193556577?c=39546741839462401

この記事は9月10日の配信ですが、これとは別に8月31日にも関連記事が公表されているようです。ただ、全文が報道機関に流れているわけではないようなので、下記に他エキストのベタ記事で流しておきます。

2020年08月31日

精神科 虐待疑い5年で72件 
 病院からの通報は半数未満  厚労省初調査、氷山一角か 

 精神科の医療機関で患者への虐待疑いの事例が2015~19年度の5年間で72件あったことが31日までに、自治体を対象にした厚生労働省の初の調査で分かった。病院側からの通報で把握したケースは半数に満たなかった。障害者虐待防止法は、障害者施設や雇用主による虐待については自治体への通報義務を定めているが、病院は対象外。判明したのは氷山の一角で、実際にはもっと多いとみられる。
 調査は、神戸市の精神科病院「神出(かんで)病院」で今年3月に元看護師ら6人が逮捕された事件を受け、4~5月に実施。監督権限を持つ47都道府県と20政令指定都市に、虐待の態様や動機などを尋ねた。
 事案を把握していたのは31自治体。把握のきっかけでは、72件のうち医療機関側からの通報は35件(49%)にとどまった。残りは入院患者からの通報が11件、匿名の通報と行政指導の中での把握がそれぞれ8件などだった。
 虐待の内容(重複あり)は暴行が57件と最も多く、暴言14件、わいせつ行為7件などと続いた。動機は「不明」が30件と最多で、「患者からの暴力や暴言に感情的になった」が14件、「患者の指導無視」11件など。
 医療機関名や虐待した職員の職種、都道府県別内訳といった詳細は明らかにしていない。
 厚労省は調査結果を受け、自治体に対し病院への原則年1回の実地指導で職員や患者に虐待に関する聞き取りを徹底するよう求め、虐待防止マニュアルの作成や職員研修などを促している。
 神出病院の事件では、男性患者同士で無理やりわいせつな行為をさせたり、ホースで水を掛けたりしたとして、元看護師ら6人が準強制わいせつや暴行などの罪で起訴された。発覚したのは病院側の通報ではなく、1人が別の事件で逮捕されたことがきっかけだった。

患者に暴力、死亡例も 
 「安易に身体拘束」と批判 

 精神科病院では看護師ら職員による暴力事件が後を絶たず、患者が死亡したケースもある。一定の条件を満たした場合は身体拘束が認められているが「安易に行われている」との批判も出ている。
 大阪府豊中市のさわ病院では2012年、認知症の男性入院患者=当時(79)=が変死。男性看護師が布団を巻き付け窒息死させたとして逮捕致死罪に問われ、大阪地裁は有罪判決を言い渡した。
 14年には東京都立松沢病院(世田谷区)で、50代の男性看護師が複数の入院患者に暴行を加えるなどしていたことが判明。実習に来ていた学生が病院のアンケートに書き込み、発覚した。
 千葉県では15年、千葉市内の病院で男性患者に暴行し、後に死なせたとして、県警が男性准看護師2人を逮捕。保護室のカメラ映像に様子が写っていたが、東京高裁は1人を無罪、もう1人も時効成立で免訴とした。
 17年には神奈川県大和市の病院に措置入院していたニュージーランド人の男性=当時(27)=が10日間、身体を拘束された後に死亡。遺族が記者会見で「非人道的」と拘束の不当性を訴えた。
 兵庫県では、元看護師ら6人が逮捕された神出(かんで)病院の事件以外にも、今年8月、県立ひょうごこころの医療センター(神戸市)の40代男性看護師が、患者の顔を殴り骨折させたとして停職処分を受け、依願退職した。

病院も通報義務の対象に 
 精神科の患者虐待 

 【解説】精神科病院の患者虐待を巡っては、障害者虐待防止法の通報義務を病院にも適用するよう求める声が以前からあるが、実現しておらず、表面化しにくいという問題がある。
 2012年に施行された同法では、障害者が利用する施設や勤務先、家庭で虐待の疑いに気付いた人は誰でも市町村に通報する義務がある。同僚や雇用主の虐待を通報した場合、「解雇など不利益な取り扱いを受けない」と定めている。
 法施行後、通報件数が増え、障害者の施設や職場では人権意識が高まり、早期発見につながっているとの評価がある。一方、病院や学校は「治療や指導との線引きが難しい」といった理由で通報義務の対象にならなかった。だが、そうした事情は施設や職場でも少なからずあり、具体的にガイドラインを定めるなどの手だてを講じれば、病院などにも適用することは可能なはずだ。
 精神科の患者の場合、証言の信ぴょう性が壁になることも多く、目撃した職員ら第三者が声を上げる重要性は大きい。再発防止のためには通報義務を明確に定めるべきだろう。

第三者が入る仕組み必要 

 精神科病院への訪問や患者相談の活動をしているNPO法人「大阪精神医療人権センター」の上坂紗絵子(こうさか・さえこ)事務局長の話 精神科病院は閉鎖的で患者が声を上げにくいため、これまでも虐待が繰り返されてきた。活動を通じた経験からすると、5年で72件という虐待疑いの件数は氷山の一角だろう。動機は「患者からの暴力」といった回答の一方で「不明」が多く、患者への聞き取りをせずに責任を押しつけている印象がある。私たちは病院訪問や面会活動で患者の声を聞き、病院内での処遇や療養環境の改善につなげてきたが、こうした活動は非常に少ない。患者の権利擁護には、第三者が入っていく仕組みが必要だ。

 

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2020/05/10

「訪問介護職員のためのそうだったのか!感染対策」

厚労省が聖路加看護大学の先生に依頼して作ったようですね。

高齢介護が対象になっていますが、訪問系支援職員にすべてに参考になるような気がします。

 

1.動画概要
タイトル:「訪問介護職員のためのそうだったのか!感染対策」

容 1 あなたが利用者宅にウイルスをもちこまない

あなたと利用者がウイルスをやりとりしない

あなたがウ イルスをもちださない
2.動画掲載場所
以下の厚生労働省
YouTube MHLWchannel )に掲載
https://www.youtube.com/playlist?list=PLMG33RKISnWj_HIGPFEBEiyWloHZGHxCc

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2020/05/07

「特別定額給付金事業における成年後見人等による申請・受給の代理に関するQ&Aについて」

標記の事務連絡が総務省から5月2日づけででているようです。

あちこちの法人後見受任団体、例えば我々全国ネットワーク参加団体などで、困惑があったのですが、一つの解釈が示されたと理解していいでしょう。

ダウンロード - e789b9e588a5e5ae9ae9a18de7b5a6e4bb98e98791e4ba8be6a5ade381abe3818ae38191e3828be68890e5b9b4e5be8ce8a68be4babae7ad89e381aee794b3e8ab8be383bbe58f97e7b5a6e381aeqefbc86a.pdf

 

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2018/12/26

(18/12/26 Wed) 善き生

 人生65年を超えました。若い頃にこの年齢の方々を見たときは、ずいぶんいろんなことを知っている人たちで見識もあるのだろうなあ、と思ったものですが、自分がいざその年齢になってみると、ほとんど若い頃から成長をしていないなあと驚いています。それでも少しは成長しているのかなあと思うところもありますが、見識があるとは思えませんし、ましてや人生を達観しているなどとはとても思えません。
 たいへん失礼な言い方になりますが、これは私だけの話ではなくて、私と同年齢の多くの方がそう思っておられるのではないでしょうか。それはそれで良いのだと思っています。ごくごく平凡な人生です。私は京都の二条城のそばにある高校に通っていたのですが、そこの校訓が「平凡に徹せよ」というものでした。この校訓、今でも使っているかどうかは分かりません。深い意味が当時は分かりませんでしたし学校側もまったく説明をしてくれませんでしたが、この年になってなんとなく良い言葉だなあと思っています。平凡に成長を続ける、そんな人生を歩めれば良いのかなあと思っています。このブログは長らく中断していましたが、今日、書くことは、そんな老人の独白です。
 全国権利擁護支援ネットワークという団体の代表を10年ほど務めさせていただいています。その代表挨拶として次のような文章を、2015年8月1日にサイトに掲載して現在も掲載しています。http://asnet-japan.net/about/
こんな文章です----
「善き生」(Good Life)とはなにか。古代の昔から多くの人々がこのことを問い続けてきました。そして、すぐれた模範解答も幾つか提示されています。ある人は宗教を通じてそれを提示し、ある人は哲学を通じて、また、ある人は社会活動や政治活動を通じて、そして自らの生を通じて人々に解答を示してきました。
しかし、その模範解答どおりの善き生を、私達のまわりの人達が実現できているわけではありません。中には、この問いかけを真正面から見据えて、自らの「解答」を出している人もいるでしょう。しかしその解答が出せない人、あるいはまた、問いかけ自体ができない人、問いかけに興味のない人、まさに人それぞれです。しかしそれでも、すべての人がその人にとっての「善き生」を実現するお手伝いをしたい。私達の活動は、その願いを共有しております。そして私達が使う方法は、権利擁護(アドボカシー)です。
 私達は、2009年にネットワーク活動を始めました。その間、「権利擁護支援」について明確で厳密な定義を与えておりません。もちろん、その探求は続けていきますが、会員団体はそれぞれの設立目的と運用形態を持っております。権利擁護や支援についての考え方も一様ではありません。各団体の持ち味がありますので、それを尊重しております。しかし、ひとりひとりの「善き生」の実現を願うことから、次のことは守りたいと思っています。それは、人をなにかの目的のための手段にしないセンスです。ひとりひとりの人生は、その人のものです。かけがえのないその人の人生を少しでもより善きものにしていくことだけに私達は関心があります。ブーバーの「我・汝」関係、あるいはメイヤロフの専心ケアの感覚と言って良いかもしれません。幸いにして多くの団体にネットワークにご加入を頂いておりますが、加入審査にあたってはこのことに留意しております。
しかし、センスは、書物や文字情報だけでは「育む」ことも「共有すること」も難しい面があります。実践知と呼ばれるものだからです。そこで私達は、団体間の日常的な交流を重視しております。まだまだ活動は充分とは思えませんが、これからも一歩一歩、こうしたセンスに磨きをかけるために交流を深めていきたいと思います。
みなさま、よろしくお願い申し上げます。2015年8月1日
代表 佐藤彰一 
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 ずいぶん気張った書きようですが、人はみな自分の人生を良きものにしたいと思っていることが、前提にあります。なにが良きものなのかはもちろん人それぞれで一致しないでしょう。しかし、そのことを理由にそれぞれの善き生をまったく個人の問題に委ねてしまうことは、あなたはあなたの人生を送れば良いので私はそこに関わらない、だからあなたも私に関わらないでほしい、そのような意味で人間関係を遮断した人間観・社会観を前提にしているように思います。近代の西洋思想はそのようなものです。しかし、これに対する異議申立が最近西洋でもでていることもよく知られている話しです。我々、非西洋社会の人間は、言語化されて精錬された西洋の知識を学んでいますが、西洋でも実践知としては、違うものがあるのではないか、そこをみながら、人間と社会を見ている人たちいるのではないかと思います。その人達の活動をどう表現すればいいのか、良くわかりません。人類学が人間学だ、生活学とかいろんな呼び方をしたところで、それってなに、と言われて明確な答えができない状態です。しかし、いろんな分野で、この挨拶に書いたようなことを思って毎日の生を営み続けている人たちがいるのではないかと思っています。
 
 まだまだ勉強が足りません。知らないことだらけです。私がこの活動に興味を持ち始めたのは2000年のころです。今年の6月に発刊した「権利擁護がわかる意思決定支援」(ミネルヴァ書房)でも定義を含めて、いくつかの実践知の成果を公表しています。
 この活動は、理論的な側面も有しています。単なる感情的な活動、その場かぎりのものではなりません。日本福祉大学権利擁護研究センターでこの数年にわたる研究会は、福祉と法にまたがる学際的なものであり、かつ研究者と実践者の両方が参加するまさに実践知の言語化を行う格好の場所でした。まだまだ研究活動は続くでしょう。そうした私の15年に渡る実践知に関わる活動をどうまとめればいいのか、実は65歳にしてなお迷っています。まさに、少年老いやすく学なりがたし。

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2016/03/27

名古屋市の鳴海の雉本朗造先生を訪問したました

名古屋市の鳴海の雉本朗造先生を訪問したました
過去のブログにも書いています。下記です。

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2016/01/01

賀正 2016

あけましておめでとうございます。

旧年中は、皆様には大変にお世話になりました。身体を壊しましたが、ご関係の方々のお陰をもちまして、職場復帰も果たしすことができました。

今年も、講義や社会活動を通じて垣間見る社会の姿を私なりに理解しながら、自分なりの毎日を歩んでいきたいと思っております。ことしもどうかよろしくお付き合いのほどをお願い申し上げます。
下記写真は、元旦の日差しの中に映える飾り物です。

Happy New Year!
The last year, I've got ill unfotunately. Despiet that many many helps I have got there make me return to work. Thank very much all who helps me.
This year, while understanding the kind of society that glimpse through lectures and social activities in my way, I wanted to go come a my own every day life.
Best wishes
Next photo is a decoration that shine in the New Year's Day of sunshine.

201601012_2

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2015/12/18

権利擁護支援と法人後見

●下記の本が出版されています。
全国権利擁護支援ネットワーク編「権利擁護支援と法人後見」ミネルヴァ書房(2015)
手前味噌になりますが、なかなかいい出来に仕上がっています。私も最初の部分を執筆させて頂いております。
Amazonをはじめとする各種インターネット書店で購入できますが、下記の全国権利擁護支援ネットワークのサイトからも購入できます。
(15/12/22 Tue)訂正

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«権利擁護と意思決定支援 第1回アジア学術大会