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2005/10/26

訴訟物

 ここ数日、訴訟物概念にあれこれ考えを巡らせている。ほかのことが手につかないぐらいです。講義をしていると、分からないことが沢山でてきて考え込んでしまうからである。

 たまたま、今日、信頼する弁護士(民訴の司法試験委員でもあります)に、この点はどうでしょうか、あの点はどうでしょうか、と尋ねたら、大笑いされて、私はそんなことには考えを巡らしません。私の依頼人がどうなるのか、なにを苦労しているのかについては大いに心配しますし頭を働かせますが、訴訟物とはなにかなんて、どうでもいいとはいわないまでも、そんなに悩みませんよ、といわれてしまった。いわれてみるとマコトにもっともである。
 ミルトン・メイヤロフの言葉を借りれば、ケアしているものが違うということなのであろう。メイヤロフ自身はなににケアを向けていてもそれほど非難をしないようであるが、その後継者と見られるノッデイングスによれば、生身の人間(依頼者)をケアするのはケアと言いうるが、訴訟物なんぞに日夜、頭を使い込んでいるのは、ケアでもなんでもない、ということになろう。
 しかしよく考えてみると、私が、訴訟物で悩んでいるのは、訴訟物そのものに興味があるからではなさそうだ。法科大学院の講義は少人数なのでさすがに反応が違う。分かるときは分かったという手応えがあるし、講義の内容が分からないときは、ほんとに分からないという反応が即座に返ってくる。100人、200人の講義ではありえない、30人弱の講義ゆえの即応性である。訴訟物論それ自体は、正直、人間生活にとってそう意味のある議論だと思えないが、私の担当の学生達が分からないのは、大いに心配である。この学生達になんとか分かった話をしてあげたい。だから私がケアしているのは、生身の人間を相手にしているのだ、と自分を説得している。
 それにしてもわからん議論ですなあ。既存の論稿をあれこれ読みますが、明快な文章になかなか遭遇しない。自分で書けばいいのか。と思って過去に書いた雑文を引っ張り出してみたが、やっぱりなかなか手ごわい。

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