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2006/04/11

司法のパラダイム変革

 ハワード・ゼアという人の「修復的司法とは何か」新泉社 2003年という本があります。前から一度読んでみようと思っていたのですが、先だって一気に読みました。
 うわさどおり非常に刺激的です。全面的に賛成するわけではありませんが、この人の基本的な主張には賛成です。

 私が理解したゼアの基本的主張は、次のとおりです。いまの司法を支えているパラダイムは、特殊近代的なパラダイム(彼はこれを応報パラダイムと呼んでいます)であって、このパラダイムで司法を運営する限り、人々はどんどん不幸になる。それを避けるためにはパラダイム変革が必要である。非常に単純にようやくすればこういうことです。
 で彼が提唱する次なるパラダイムはなにか、これが関係修復的司法なのですが、これにはちょっと?がつきます。その内容があまりにキリスト教的説明に終始していることと、日本の刑事司法がそのお手本のように描かれているからです。しかしそんなことはあまりメインの問題ではありません。刺激を受けた点のほうがはるかに大きいからです。

 我々は、なにかまずいこと、社会的に害悪とみなされることがあると、それを起こしている「悪い奴」がいて、そいつをやっつける(復讐)、あるいは罰して矯正する(応報)という発想を採りがちです。でも、こうした手法では、復讐が復讐を呼び、罰せられた人は罰した社会をのろい、なにも前向きな結果をもらたらさないものです。なによりも人間理解が浅すぎる、こうハワードさんは主張しているように思います。世の中のすべての人が善人と悪人の両方の顔を持ち、悩みながら生きている、そんなどちらかといえば当たり前の人間観からみれば、近代西洋の正義概念にそった応報司法が、かなり人間軽視の強引な司法システムであったと主張されれば、そうだなあと思います。
 ようは次のパラダイムですね。これはハワードさんは、必ずしも説得的ではないのでうが、彼は西洋世界の中に生きているので、ここは東洋の我々のほうが、新機軸を打ち出せそうです。けっして日本の刑事司法を賞賛するわけではありませんが。

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