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2006/07/03

ハワードゼアの講演

 私は刑事司法については詳しくないが、新聞報道などのされかたをみると、大きなキーワードは、自白と反省であるように思う。被告人が、起訴事実を認めるかどうか、認めたとして、反省しているかどうか。他に新聞が興味を持つのは、動機と家庭環境か。その他の点は、瑣末なことと思われているのではないか。

  起訴事実の自白といっても、認められるところとそうでないところがある。反省といっても、反省できるところとそうでないところがある。多くの事実関係の連鎖の中で、大雑把にイエスかノーかと言えるものではないし、実際に刑事裁判に携わっている裁判官も検察官や弁護士も、そんな単純な仕事はしていない(と思う)。しかし、少なくとも新聞論調では、細かな点で否認したり争ったりすると、起訴事実や容疑を「否認」とか「反省の色なし」とかいった報道が展開される。つまり争いにくい基礎構造があるのである。争うことを基本構造にする裁判手続を用意して手続保障を謳いながら、争うと怒られる、これでは被告人はどうしてよいか分からない。そんな思いを抱く刑事裁判関係者は、多いのではないかと素人目に思う。

 なぜ、こんな分かりきったことを書くのかといえば、修復的司法の外国研究者が、日本の刑事司法を修復的司法のお手本のように褒めるからである。修復的司法というものはそんなに単純なものでないと思っているのであるが、現実に褒められてしまうと、「え、自白と反省」「謝罪と赦し」の大雑把な話なのかと意外に思うと同時に、いやいや、そんなことはない、自分自身の勉強不足でもっと奥が深いに違いないなどと期待交じりに思ってしまう。 
 修復的司法の基本的なパラダイム変換志向には賛成するものの、日本の刑事司法への評価だけは違和感をもつと前に書いたことがあるが、http://www.satosho.org/satosholog/2006/04/post_920f.html そのハワード・ゼアさんが今度、日弁連で講演する。7月4日の午後6時から弁護士会館である。仕事の講義があるのでまず無理である。先週の土曜日も、修復的司法に関わる研究会があったのであるが、参加することができなかった。
誰でも参加できるようなので、誰か、参加してコメントしてくれないか、などどと虫のいいことを書いている。
 日弁連の案内はこちら
http://203.140.28.137/ja/event/060704.html

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