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2006/07/04

和解は仲良くなることか?

 修復的司法に触れたついてに和解論についても触れておきたい。
和解とは、争うわないで仲良くすることだ、互いに協力的に問題解決にあたり、Win-Winの結論を導けばよい、そう単純に答える人が、毎年かなりいる。民事訴訟法の講義をしていてもロイヤリングの講義をしていてもそうだ。

 リーガルネゴシエーションの講義をする場合、問題立脚型(ハーバード型)とかWIN・WINには必ず触れるので、それはそれで間違いではないが、なにか違っているようにいつも思う。

  和解過程の実相は、かなり違う。和解は敵対を前提としている。もう顔を見るのも嫌だ、二度と会いたくないというところまで、ぎりぎりと争って(つまり敵対して)初めて和解の機運が出てくる。敵対なくして和解などありえない、そんな感じがする。そんなふうに思うのは私だけだろうか。

  WIN・WINにしてもゼロ・サムにしても、結果をベースにした交渉論で、分析的ではあるかもしれないが、過程の実相に迫らない。違う交渉論が必要だと思っているが、なかなか言語化できない自分がもどかしい。昨日からロイヤリングの中での交渉論の講義が始まっている。今年の学生さんの反応はどうであろうか。学生と一緒に、この問題にまで踏み込めれば、と期待している。

 

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