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2006/08/27

遺言執行者の利益相反問題(続)

続きです。標記の問題につき東京高裁は、大変に厳しい判断を下さしたのですが、これをどう考えるか。かなりの難問です。

 c) 遺言執行者には,遺言で遺産全部を相続させると書かれている相続人自身(このケースのAさん)もなれます。公正証書遺言で,そのような例を見たことが私自身もあります。遺言執行者は、全相続人の代理人だとすれば、自分で自分の代理をすることになりますから変な話です。また中立性を要求するとして自分の相続分についての利益を追及していいのか悪いのか、これも議論が行方不明になりそうです。
 そこで民法1015条の「代理」の見做し規定は、代理を擬制しているのであって代理そのものではない、だから代理一般で遺言執行者の職務を説明するのは適切ではない、そういう議論もありえそうです。代理をしているわけではない、ということになれば、遺言執行者として全相続人のために職務を執行することが利益相反にならないのはもちろん(共通代理という言葉を前に書きましたが、これも代理として考えていますから、それとも異なる考え方です)、一人の相続人の代理人に就任しても代理がバッティングすることにはならない。そう考えられそうです。
 東京高裁の判決は、この点を真っ向から否定しています。代理構成をとるかどうか、それは問題ではない、遺言執行者の職務に期待されている役割を中立的に遂行できるかどうか、これが問題であって、わざわざ「委任者が誰であるかなどという議論に実益があるとは思われない」とまで言い切っています。
 判決の説示はともかく「依頼者が誰か」という問題は、重要な問題だとわたしは考えますが、それがどうあれ、職務執行と特定の代理人就任がバッティングするかどうか、との視角からこの問題を眺める判決の趣旨は分かりやすい議論です。特定の相続人のために活動することが期待される代理人就任と、全相続人のために活動することが期待される遺言執行者の立場は、相反する側面があることは事実でしょう。しかし、相反しない場合もあるのではないかとも思えますが、そこまでは判決は場合わけをして、踏み込んだ考察をしていません。
 ところで相続人の利益を追及することと、遺言執行者の職務の推敲がバッティングするのであれば、相続人の一人が遺言執行者になる場合には、動きがつかないではないか、そうした疑問が起きます。そうだと思います。それはでも、遺言執行者に就任する以上、やむをないというべきではないでしょうか。任意整理手続の手続きで債権者の代表が債権者委員長に就任した場合、他の債権者以上に自己の債権の回収を図る行為は違法であると考えられていますが、それと同じことです。この点は、なんだか割り切れない部分が残りますが、いまのところはそう考えて、なお検討してみたいと思います。
(d)ところで、バッティングしない場合わけですが、日弁連が発行している自由と正義別冊の「解説弁護士職務規程」54頁は,執行者の職務内容が裁量性を有するか,裁量性を有しないかで分けて考えいます。遺言執行の内容に裁量の余地がある場合は,双方代理に該当するので遺言執行者が特定の相続人の代理人になることは許されないが,裁量の余地がない場合は許されるとしています。ご紹介した事件のように遺産全部を一人に相続させるという遺言は,裁量の余地がないと思われるから,代理人になれることになるのでしょうか(東京高裁でY弁護士の弁護団はそう主張したようです)。しかし、この事件は不動産の種類も多く、生前贈与があったのかどうかも調査が難しいような事件ですから、相続財産の範囲の把握事態に裁量的な側面があることを否定できないでしょう。東京高裁は、この種の主張は「失当」と一刀両断にしています。
(e)旧倫理時代は,遺言執行の完了前と後に分け,完了前は「受任している事件」だから利害相反になり,完了後はすでに執行者の身分を失ったから許されるとの考えもあったようです。ここで紹介した東京高裁の事件は、終了前の事件(そもそも就任していないと主張している)事件ですから、判決の射程はここには及びません。
 現在の職務基本規程では、旧倫理規定とはかなり体裁が変りました。遺言執行者の代理人就任の問題は、現在受任している場合には、現規程28条2号、終了している場合には同じく28条3号が該当するでしょう。それ以外に、相続人と協議をしていたとすれば27条の1号、2号が視野に入りますが、それは置くとして、終了後も少なくとも日弁連の解説では28条3号の問題として、前述のように裁量性の有無で判断しているのです。
 執行完了の前後で分けるのは、現在では説得力をもたないでしょう。

(f)ところで、遺言執行者には何度も書いていますように、相続人自身が就任できるのですから、弁護士が遺言執行者になる場合と弁護士以外の者がなる場合とでは,執行者の中立性についての程度(期待)が違うのではないか、そんな考え方もありそうです。この事件でAさん自身が遺言執行者に指定されている場合と、Y弁護士が指定されいる場合とでは、遺言執行者に要求される中立性の中身が違うと考えるわけです。法の専門家である弁護士に一般の人以上の倫理性を要求する点で、非常に潔癖な議論というべきです。また弁護士のプロフェッショナル性、エリート性の主張につながるところもあります。弁護士からみれば、魅力ある考え方だというべきでしょう。そして、この主の論拠で中立性を職務執行者に求めるとすれば、弁護士が遺言執行者に就任した場合には、党派的な活動はいっさい許されないから、特定の相続人の代理人に就任することは、たとえ相続人全員の同意があっても許されない、そんな厳しい見解が登場しそうです。
 しかし、弁護士でなければ遺言執行者に就任しても中立性を守らなくて良い(あるいは遵守の程度が低くてよい)という考え方には抵抗があります。また、あえて弁護士でない相続人を遺言執行者にしておいて、実際は弁護士が(遺言執行者である)相続人の代理人として実務をこなすという逸脱も起きてくるでしょう。

(g)では、どう考えればよいのでしょうか。
 いろいろ書きましたが、公正証書遺言による遺産相続に関与する弁護士はどうすればよいのか、悩みどころです。この主の事件は扱わない、と言えればよいのでしょうがそうもいかない。かと言ってうかつに関与して懲戒処分を食らっては大変です。
 まずは平成15年の東京高裁判決があるのですから、慎重な対応を、ということは当然でしょう。先に紹介したように弁護士のプロフェッショナル性を根拠にして、弁護士が職務執行者に就任した場合には、とにもかくにも代理人受任は厳禁、そう考えて行動するも、とりあえずは弁護士としての安全策です。
 しかし相続人全員の同意があればどうでしょうか。あるいは場合わけをするのはどうでしょうか。こうした点については東京高裁判決は、なにも述べていないところです。公正証書遺言の作成を依頼されたときに、「わたしが職務執行者になった場合は、後日、お子さんたちの間で紛議が生じたときに、どなたの代理もできませんよ」、そんな説明を聞いてはたして何人の人が遺言公正証書の作成を弁護士に依頼するのか。

 特定の相続人が遺言執行者に就任することは可能なのですから、弁護士が就任することは、その職務執行に支障を来たさないのであれば可能であるというべきです。相続人である遺言執行者が、相続財産目録などの情報開示を怠った場合は、民法上の法的責任を生じると思いますが、弁護士の場合は、立場上のバッティングを避けるために特定の相続人の代理人の就任は、「同意」が「代理人受任を許す例外的事情」がない限りできない。加えて同意や例外的事情があって代理人に就任した場合も、遺言執行者としての職務執行に懈怠がある場合には、民法上の法的責任が生じる、そう考えると全体の整合性が取れるように思います。新しい職務基本規程28条が同意ある場合を禁止対象から除外していることとも間尺があいます。
 もっとも、全相続人の同意は、いささか空論であり現時的にはありえない、そんな気もしますが、遺言遺言執行者としての職務執行の誠実性を他の相続人がどうみるかによるのではないかとも思います。
 この事件でもそうなのですが、遺産相続の際に、いったいどれぐらいの財産があるのか、その全体像や総額を、事実上占有している相続人以外(この事件ではA以外)はなかなか掴めないものです。そこで財産目録の請求をする。正確な回答があるかどうかはわかりませんが、正確でなければ、そこを追求することになりますし、正確であれば、それを根拠に分割協議を始めることになります。遺言執行者に期待される最初にして最大の仕事は、相続財産の把握と相続人への開示でしょう。この事件のY弁護士は、どうもそれができていない。これは弁護士さんでなくても同じ非難を受けると思いますが、この点で他の相続人から不信感をもたれたのではないかと思われます。
 中立性とか党派性というのは、対立概念ではないと前に書きましたが、遺言執行者の職務執行もそうで、これは中立性と党派性の対立軸で考察するのではなくて、その緊張関係の中で、遺言執行者の職務執行ができるかどうか、という問題であるように思います。

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