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2006/08/25

遺言執行者の利益相反問題

 標記の問題について、「田舎弁護士さん」が、ご自身のブログ上で、ある懲戒事件を紹介されています。地方弁護士会が「懲戒せず」と判断したのを日弁連がひっくり返して「戒告処分」にしたところ、東京高裁にその取消しを求める訴えが提起され、東京高裁、および最高裁が日弁連の判断を維持したという事件です。
 この事件の公表判例集は、まだインターネット上では、検索できないようなので直接リンクを晴らせていただきます。紙媒体としては、東京高裁判決平成15年4月24日判例時報1932号80頁です。
http://shimanami.way-nifty.com/report/2006/08/post_2953.html

※ 25日にこの文章をアップしたときには、データをなくしたりして慌てておりましたので推敲が充分でなく、配慮不足なうえに意味不明な箇所がありました。下記は今日26日に訂正しております。また後半は別記事にして再掲載する予定です。(06/08/26 Sat)

このケースは法曹倫理の関係者の間では結構有名なケースでした。まずケースについては要約しておきましょう。

 被相続人αさんには、相続人がA・B・Cと3名いましたが、このうちのAさん(αさんの長男の嫁さんでαさんと養子縁組をしています)にすべての財産を「相続させる」旨の内容を盛り込んだ公正証書遺言を作成しました。遺言の中ではY弁護士が遺言執行者に指定されています。

 その後、αさんは亡くなり、相続人であるB・Cの代理人としてL弁護士が、Y弁護士に対して、遺言執行者として相続財産目録を交付するように請求し、Y弁護士は、調査中であるので猶予を求める回答をしていました。

 BCさんは、Aさんに対して、遺留分減殺請求の調停を申立てたのですが、この調停でY弁護士が、Aさんの代理人になったので、L弁護士が裁判所に「遺言執行者が相続人の一部の代理人になることに疑義がある」と裁判所に意見具申をしたところ、Y弁護士は、Aさんの代理人を辞任したのです。

 その後、Bさんが、Y弁護士の所属弁護士会に対して、遺言執行者でありながら、特定の相続人(A)の代理人になったことを理由に、懲戒の申立をしたところ、所属弁護士会は、Yが遺言執行者に就職したとは認められないとして、懲戒しない旨の決定をしたのです。この決定に対して、Bさんは、日弁連に対して、異議を申立て、日弁連は、Y弁護士はL弁護士に財産目録の提示の猶予を求めていたことや裁判所に不完全なものであれ財産目録を提出していたことなどから、黙示的に遺言執行者に就職していたとして、Y弁護士を戒告処分としたのです。戒告にする日弁連の議決は、2001年9月1日付けで、自由と正義2001年11月号126頁に掲載されています。

 この日弁連の処分に対して、Y弁護士は、東京高裁に日弁連の決定の取り消しを求めて提訴し(弁護士会の懲戒処分の取り消しは行政訴訟の取消訴訟と位置づけられており、しかも第一審は東京高裁の専属です)、東京高裁は、Y弁護士の訴を棄却し、最高裁も上告棄却・上告不受理であったので、日弁連の戒告処分が確定したという事件です。

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 この事件を掲載した判例時報のコメント欄の著者は(匿名ですが、たぶん裁判官でしょう)「Y弁護士が弁護士倫理に違反するとの非難は免れないであろう」と述べています。他方、東京高裁への提訴代理人でもある田舎弁護士さんは、「この事案を知ったときに、こんなケースで懲戒されるのかという想い」を抱いたとブログで書いておられます。立場が違うとはいえ、ずいぶん感想が離れています。

 そして、法曹倫理の先生の中では、この問題は難問であると位置づけられています。以下、議論の概要をまとめてみましょう(法律家以外の方には大変に読みにくい文章かと思います・すいません、これがわたしの「わかりやすい文章」の限界です)。

 Y弁護士のような立場は、被相続人から頼まれて遺言執行者になっているわけですが(あるいはAから依頼をうけているのかもしれません)、その意味は、αの財産をすべてAに相続させるためにいろいろ面倒を見てくれ、というものでしょう。こうした依頼の中身は、多くの場合、他の相続人がいるけど相続させたくない、他の相続人から文句がでても出来る限り遺産を一箇所に集中するようにしたいというものでしょう。代々の家系を引きづく意識のある(そして財産のある)家族によくある話です。

 弁護士が、こうした公正証書遺言作成の相談を受けたときには、遺留分の説明や、相続人間の状況をみたうえで死後に想定される事態の説明はしているとは思いますが、民法の遺留分の規定を理解しても、それを無視して、一人の相続人に遺産を集中させたいと思っている人が結構いるようです。そういう人は、このケースもそうですが、養子縁組も使用します。本来相続権のない長男の嫁も養子にいれて、他の相続人への配分をできるだけ少なくする知恵です。

 αから後を託されたY弁護士としてはどうするか。あるいはAから頼まれているのかもしれませんが、ともあれ依頼の趣旨からは、全財産をAに相続させるべく努力をする、ということになりましょうか。遺留分減殺がでてきたらやっかいだなあ、とは思うでしょうが、とりあえずそうした公正証書遺言の作成を依頼されれば、そしてそれが被相続人の意思だといわれれば、その内容で起案をすることになりましょう。そして後日を託す意味合いで、その起案をしてくれた弁護士さん自身を遺言執行者に指定しておく。これはごく普通に行われていることだと思います。

 ところが,なのです。
(a)民法1015条によれば,「遺言執行者は,相続人の代理人とみなす」とされています。すると,B、CさんはY弁護士にとって「依頼者」ではないか、そうなります。また、相続人B・Cさんが財産目録を請求すれば、遺言執行者はそれを拒むことはできません。公正証書遺言でAさんだけに相続させるとなっている以上、B・Cは相続人ではない、そんな考え方はなりたちません。遺留分減殺の可能性があるのですから、B・Cが相続人であることは否定できないことです。
 そこで、BCもYの依頼者(或いは依頼者に準ずる者)だとすれば,Y弁護士がそもそも遺言執行者に就任することは双方代理をしていることになりましょうか。そうは考えないのが普通です。相続問題で、複数の相続人の共通の代理人になることは弁護士であれば誰でも経験することで、そのすべてが双方代理になるとはいえないのです。相続人間で紛争が顕在化していない、むしろ意見がとりあえずは一致している場合は、共通に代理することのほうが便宜です。最判昭和30・5・10(民集9・6・657)は「遺言執行者は必ずしも相続人の利益のためにのみ行為すべき責務を負うものとは解されない」と述べていますが,これは同様の判断をしていると解されます。遺言執行者は、相続人の代理人ではあるが、個々の相続人の利益ために行動するのではなく、相続手続を実施し、その効果を相続人に及ぼすために活動をしている。相続人間の紛議の調整をしているのではない。そう理解すれば、紛議が予想されるにせよ、相続人すべてのために遺言執行者の職務を行使することは双方代理にはあたらない、こういうことになります。またそう考えないと全国的に弁護士が遺言執行者に就任している実体とかけ離れてしまいましょう。
 したがってYが遺言執行者としての職務を実施することは、双方代理(弁護士法25条1,2号,職務基本規程規程27条1,2号)にはあたらないと考えられます。

(b)では「遺言執行者の中立性」からみて,Y弁護士が、調停手続でAの代理人になれるか。「遺言執行者は,特定の相続人の立場に偏することなく,中立的立場でその任務を遂行することが期待されているから,当該相続財産を巡る相続人間の紛争について特定の相続人の代理人となることは,受任している事件(遺言執行事務)と利害相反する事件を受任したものとして,(旧)倫理26条2号に違反する」と判断したのが、この判決です。厳しい判断です。

 なぜ厳しいのか。まず第一に、遺言公正証書作成の依頼者がαさんであれAさんであれ、他のケースでもほぼ同じかと思いますが、多くの場合、遺言執行者に弁護士を選任するのは、もめたときには弁護士に遺言者の内容を実現するような形で代理人になってくれると、考えているのではないかと想像されるからです。第二に、田舎弁護さんのコメントにもあるように、多くの弁護士さんも、そのような依頼者の意図を汲んで、すくなくともこの平成15年判決の前までは、あまり意識することなく特定の相続人の遺言執行者に就任していたのではないか、そう想像されるのです。したがって、日弁連の懲戒処分やこの判決が、相続実務に与える影響は甚大だといえるでしょう。

 もめたときに頼めなくなるようでは、弁護士を遺言執行者に指定する意味がない、そのように考える人は多いのではないでしょうか。またうかつに代理人になって懲戒を受けては大変ですから、遺言執行者にならない弁護士も増えそうです。とすると、いささかレベルの低い話になりますが、法曹の仕事の対象が減ることになります(もっとも、この最期の点は、代理人と執行者と別々の弁護士が必要であると考えれば、仕事が増えることになります:関係者の費用負担が大変ですが)。

 さて、このあと、ではどうするかですが、昨日、この文章をアップしたときには、このアトにさらにかなりの文章を書いておりました。ところが、今日26日に、読み返してみますと内容が不本意なだけでなく、配慮不足や意味不明の文章になっておりました。そこで以下は削除し、別にアップすることにします。

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コメント

タイトルを変えました。双方代理問題などいう標題は、いかに認識が甘いかを表しています。
 急いで書くとダメです。加えて、この手の問題をブログに書くのは、ちょっとシンドイなあとあらためて思います。

投稿: satosho | 2006/08/27 06:30

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 愛媛弁護士会所属の弁護士に対する懲戒事案(判例時報1932号)です。  ケース [続きを読む]

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