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2006/08/09

事実上の後見人(契約)

 成年後見制度を利用しないで、在宅やグループホームで暮らしている障害者の方は多い。その場合、近親者や支援者が事実上、いろんな行為を「代行」している。これは無権代理なのであるが、厚生労働省をはじめ、黙認していることが多い。そして、それでトラブルが生じなければそれでもいい、ということになる。
 しかし、時としてトラブルは生じる。そんな事例を紹介しよう。

最高裁判所 判決 平成 6年 9月13日民集48巻6号1263頁
【事件番号】 平成4年(オ)第1694号

 当事者Yとなったのは、昭和8年生まれの障害者であるが、その精神発達程度はおよそ6歳程度と認定されている。この人が父親から不動産を相続し、母や姉妹に見守られながら在宅で生活していたのであるが、その不動産を含めてある会社が再開発を行い、開発後のビルに等価交換方式で専有部分をYが取得することになった。その話を聞きつけた別のXという会社から、ビルが出来上がったらその専有部分を賃借りしたいとの申し入れがあり、Yの事実上の後見人(裁判所はこういう表現をよくします・要するに保護者ですよね)であった姉妹が同席してYの名前で昭和56年2月17日に賃貸借契約の予約を締結した。その契約の中にはYの都合で本契約を締結することができないときは、YはXに対し4000万円の損害賠償金を支払う旨の違約条項が含まれていた。

 この予約に至るX会社との間の交渉には主として姉Aが当たり、その契約書にYの記名及び捺印をしたのもAであるが、Yのもう1人の姉Bも契約書の作成に立ち会い、予約の合意内容を知っていた。
 再開発ビルは昭和57年8月ごろに完成したが、Aは、これに先立つ同年4月ころ、Xに対して本契約の締結を拒む意思を表明した上、同年6月17日付けで第三者に対して本件専有部分を借入金の担保として譲渡してしまった(Aの考えはわかりませんが、よほどX会社を毛嫌いしたのか、それとも違う会社からの借り入れが有利だったのか、それともそれ以外のなんらかの事情があったのか、判決文だけでは事情はわかりません)。そこでXがYに対し、本件予約中の違約条項に基づき4000万円の損害賠償等を求めたのがこの訴訟である。
 第一審はXの請求を認容、控訴審係属中に、Yを禁治産者とし、Bを後見人に選任する旨の家裁の決定がされ、Bが後見人に就任した。
 控訴審は、Yによる訴状等の送達の受領及び訴訟代理権の授与が意思無能力者の行為であり無効であるとして、第一審判決を取り消し、東京地裁に差し戻した。
 差戻し後の第一審(東京地判平1・7・18判時1434号79頁)は、AがYの代理人として本件予約をしたのは無権代理行為であるところ、後見人に選任されたBが本件予約の追認を拒絶するのは、その職責上やむを得ないところであって、信義則に反し許されないということはできない旨判示して、Xの請求を棄却した。
 そこで、今度はXが控訴を行い、東京高裁は、AがYの事実上の後見人として旧建物についてXとの間の契約関係を処理してきており、予約締結もAが同様の方法でしたものであるところ、予約はその合意内容を履行しさえすればYの利益を害するものではなく、Y側には本契約の締結を拒む合理的理由がなく、また、後見人に選任されたBは、本件予約の成立に関与し、その内容を了知していたのであるから、相手方であるXの利益の保護も十分考慮されなければならず、結局、後見人のBにおいて本件予約の追認を拒絶してその効力を争うことは信義則に反し許されないとして、Xの請求を認容した。(東京高判平4・6・17判時1434号75頁)

 この高裁判決に対して、最高裁は次のように判断して、原判決を破棄し、高裁へ差し戻したものである。

「禁治産者の後見人が、その就職前に禁治産者の無権代理人によって締結された契約の追認を拒絶することが信義則に反するか否かは、
(1)契約の締結に至るまでの無権代理人と相手方との交渉経緯及び無権代理人が契約の締結前に相手方との間でした法律行為の内容と性質
(2)契約を追認することによって禁治産者が被る経済的不利益と追認を拒絶することによって相手方が被る経済的不利益、
(3)契約の締結から後見人が就職するまでの間に契約の履行等をめぐってされた交渉経緯
(4)無権代理人と後見人との人的関係及び後見人がその就職前に契約の締結に関与した行為の程度、
(5)本人の意思能力について相手方が認識し又は認識し得た事実など諸般の事情を勘案し、契約の追認を拒絶することが取引関係に立つ当事者間の信頼を裏切り、正義の観念に反するような例外的な場合に当たるか否かを判断して、決しなければならない」。

 Aによる予約の締結は無権代理行為であるから、Yが禁治産宣告を受け、後見人が選任されて、後見人による追認を得ない限りは、本件予約の効果がYに及ぶことはないのが原則です。この原則に対する例外として、後見人において財産管理権(民法859条1項)の一環としてすることのできる追認拒絶が、信義則により許されない場合を認めるという法律構成が考えられている。ありていにいえば、自分で近親者として事実上締結した契約を、あとになってみずから否定することはできない、そういう理屈である。そうした論理を認めた例も過去にある。
 最高裁判決昭47・2・18民集26巻1号46頁、及び最高裁判決平3・3・22裁集民162号227頁がそうである。これらは、信義則上追認拒絶が許されない結果、当該契約の効果が本人に及ぶことを認める。

 この事件では、予約にサインしたAと後見人に就任したBとは、姉妹とはいえ別人である。しかし、Bも予約締結の事情は知っていたのであるから、東京高裁の判決になってもおかしくはない。おかしくはないけど、断定するのはなんだか不安である、もっと締結にいたる事情・経過、ご本人の能力などを調べてほしい、そんな判決なのかなあと思う。障害者がからんだ意思決定(契約締結)とは、かくも微妙なのである。しかし、この最高裁判決は、その微妙なところをよく抑えている判決だと思う。

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コメント

早速の返答ありがとうございます。時間があればきちんと民法を中心に勉強したいところです。

> いろんな場合がありそうですね。演習という
> より共同研究、やりましょうか(笑)。

佐藤さんにメリットが少ないので、やはり授業の体を為してしまいますよ、これは。
しかしいろいろ考えておきたい話題ではあります。

投稿: ながわ | 2006/08/11 05:44

ながわさん、こんばんわ。

まず第1点ですが:
>1)もしY後見人Bが居ない場合には、無権代理人Aが行った契約拒否によ
>る不利益(Xに対する4000万円の支払い)はYが被らなければならないと考え
>られるのでしょうか。それともこの部分もはっきりしないということでよろし
>いでしょうか。

後見人Bがいない場合は、契約は無権代理のままで、Y本人も追認の能力がありませんから無効です。その場合、X社が損害賠償を請求する相手は、無権代理人の姉Aです。もっとも民法117条2項でX社が無権代理を知らなかったといえるかどうか。


> 2)Y後見人BがAの契約についてあずかり知らぬ第三者である場合には、議
> 論がどのように変わるのでしょうか。(この場合の信義則のありようは変化す
> るのか否か)

この場合は信義則の適用がないでしょうねえ。矛盾挙動になりませんから。ということは追認拒否は有効です。X社としては、やはりAを相手にするしかない。

この事件、Aはなんで後見人にならなかったのでしょうね。また、X社はなんでAを相手にしなかったのでしょう。謎が深まりますね。最高裁の調査官解説を読めばなにか書いてあるかも知れない。

>しかしこちらの場合も問題が起きた場合の不利益をやはり親ではなく知的障
>害のある成人が請け負うのでしょうか?

いろんな場合がありそうですね。演習というより共同研究、やりましょうか(笑)。

投稿: satosho | 2006/08/11 00:05

すいません、よくわからないので教えてください。
1)もしY後見人Bが居ない場合には、無権代理人Aが行った契約拒否による不利益(Xに対する4000万円の支払い)はYが被らなければならないと考えられるのでしょうか。それともこの部分もはっきりしないということでよろしいでしょうか。
2)Y後見人BがAの契約についてあずかり知らぬ第三者である場合には、議論がどのように変わるのでしょうか。(この場合の信義則のありようは変化するのか否か)

「事実上の後見人による契約」というのがやはりYに対して有効というのか、そういう話になってくるところが微妙というかなんというかなのでしょうね。
少なくともYにとって益があり支障ない限りはこれが黙認されるというか素通しになる。しかしいったん問題になると、「事実上の後見」の曖昧さがやっかいになる。

おっしゃるとおり、このように「事実上の後見」として契約が有効であるかのように契約両者間で取り扱われることは少なからずあります。介護保険上の契約や、あるいは知的障害児者の親が成人した子どもに成り代わって行う契約とか。
しかしこちらの場合も問題が起きた場合の不利益をやはり親ではなく知的障害のある成人が請け負うのでしょうか?

私はこういった論理に慣れていないし法知識も欠けているので、何とも考えを進められませんが、きちんと整理しながら検討してみたいところです。演習でもやってくれるとか…(^-^;;

投稿: ながわ | 2006/08/10 23:14

タイトルが分かりにくいので変更しました。

投稿: satosho | 2006/08/10 09:52

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佐藤さんが標記の件で判決のコメントを掲載しているので興味深く拝見。 おまけに質問 [続きを読む]

受信: 2006/08/11 05:19

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