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2006/10/26

親権停止のニュースについて

 22日ぐらいからであろうか、標記のニュースが日本中を駆け巡り、あちこちで話題になっている。このニュース、新聞記事を読んでも、よく分からないので調べてみた。

まずニュースから。典型的には次のような報道がある。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061022it12.htm

 「乳児の脳手術拒否、両親親権を家裁が停止…手術は成功 脳に病気を持って生まれた乳児の手術を宗教上の理由で拒否した両親に対し、大阪家裁が昨年、児童相談所の請求から約1週間後、「親権の乱用」として親権停止の保全処分を認めていたことがわかった。」

 「関係者によると、乳児は昨年、関西地方の病院で誕生した。脳に異常が見つかったが、両親は「神様にお借りした体にメスを入れられない」と手術を拒み続け、自宅に連れ帰ろうとした。

 乳児の治療には親権者の同意が必要とされるため、病院は「養育放棄(ネグレクト)に当たる」として、大阪府内の児童相談所に虐待通告を行い、相談所は同家裁に親権停止の保全処分などを請求した。

 同家裁は、早期に手術しないと生命に危険が生じたり、重い障害が残ったりする可能性が高いと判断。請求後約1週間で保全処分を認めた。手術後、児童相談所は申請を取り下げ、親権を両親に戻したという。」

(2006年10月22日19時55分  読売新聞)

 このニュースを読んで大阪家裁はなかなかヤルジャンと思った人もいるかもしれない、あるいは、なんてことをするんだと思った人もいるかもしれない。意思能力のない子供の手術の代諾問題は、そう簡単ではない。関係者、とくに児相と病院、そして裁判所が勇気をもって決断したことだけは理解できるし、それには敬意を表したい。

 問題は利用されている手続である。報道は「親権停止」の「保全処分」と盛んに書いている。これはなんだろうか。「親権停止」という制度は、実はわが国の民法には存在しない。存在しないものの保全とは何か?。何を保全しているのか、などなど新聞を読んでいる人の何人の方がこのことに疑問を持ったのか知らないが、わたしはあれ?と思った一人である。

 使われたのは「親権喪失宣告」の申立であろう。民法834条と家事審判法9条1項甲類12号である。これは親権の停止ではなくて、親権を剥奪する宣告である。民法834条には、この宣告の申立ては親族と検察官ができるとされているだけであるが、児童福祉法33条の7で、児相の所長もできることになっている。

 そこで、児相の所長が、喪失宣告の申立てを行い、同時に「緊急を要するので」審判が出る前の保全処分を申し出て、審判が出るまでの間に仮に親権を奪い(停止である)、同時に仮の親権代行者を選んでくださいという申立てをしたのが、この事件だろう。家事審判規則74条1項が根拠になる。

二つの条文を引用しておこう。

 児童福祉法 第33条の6 児童又は児童以外の満20歳に満たない者(次条及び第33条の8において「児童等」という。)の親権者が、その親権を濫用し、又は著しく不行跡であるときは、民法第834条の規定による親権喪失の宣告の請求は、同条に定める者のほか、児童相談所長も、これを行うことができる。《改正》平9法74

家事審判規則第74条[失権の申立てと本人の職務執行停止、代行者の選任] 
  親権又は管理権の喪失の宣告の申立てがあつた場合において、子の利益のため必要があるときは、家庭裁判所は、当該申立てをした者の申立てにより、親権又は管理権の喪失の宣告の申立てについての審判の効力が生ずるまでの間、本人の職務の執行を停止し、又はその職務代行者を選任することができる。

 以上の条文からわかるように、これはあくまで審判が確定するまでの仮の処分である。保全処分が出ても審判の申立は残っている。だから手術が終わったあとに児相は、喪失宣告の申立てを取り下げている。つまり、最初から親権を剥奪するつもりはなかった、手術をするためだけの便法として、仮の処分が使われているのである。

 もし親権喪失宣告を児相が取り下げなければ、裁判所は、これに応答しなければならない。そのとき親権喪失を宣告すれば、二人の親は親権を将来にわたって失い、代って子供に親権行使を行う人を選ぶ必要がある。病院であろうか、児相の所長であろうか。そこまでは意図していないのであろう。
 では、もし取り下げずに、裁判所が親権喪失宣告の申立を却下したらどうであろうか。仮の処分は間違っていたことになるのか。仮の保全で選ばれた代行者(医師)が判断した手術は間違っていたことになるのか。そんなふうには誰も考えていないに違いない。

 この保全処分による同意の手続は、手続的には、実にきわどい問題を内包している話なのである。「仮の人間」が「本物」以上のことをする。しかも本物に取って代わるつもりはない。同じような保全のありかたを倒産法の世界では、保全処分の「食い逃げ」と呼んだり(後に本家・本体の申立てを取り下げるから)、執行法の世界では「満足的仮処分」(保全だけで目的を達するから)と呼んだりして、手続法上の格好の議論ネタになっているが、家族法の世界でも同じような問題を提起したことになる。

 親は保全手続きには関与していないのだろう。報道によれば、お子さんの状態がいいそうなので関係者の方はほっと胸をなでおろしていると思う。昨年の話しがいまごろ報道されるのも子供の状態を見ていたのかもしれない。もし悪化していたら、関係者は袋叩きに会う可能性すらある。それを覚悟で実施されたのであろう。繰り返しになるが、その勇気には敬意を表したい。自己決定のありように一石を投じたことはまず間違いない。

 手続法上は、結果オーライではすまないところがある。報道関係者には、少なくともそのことを理解したうえで、正確な報道に努めてほしかった。と思って、このブログでは、補足しておくことにした。

なお、この問題については、インターネット上では、次の文献が分かりやすかった。

http://square.umin.ac.jp/~mtamai/NEONATE/kyohi.htm

 玉井真理子さんのHPにある横井恵さんの文章である。何年のものかは分からない。たぶん2001年ぐらいか?

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コメント

さとれさん、貴重な情報ありがとうございました。馳先生、障害者虐待防止法でリーダーシップを発揮されていますが、児童虐待でもご活躍だったんですね。
この本、さっそく注文しました。また別記事にしてアップしたいと思います。

投稿: satosho | 2009/05/16 10:31

こんにちは。
本件の親権停止については、2007年改正時に議員立法で整理しようとしていたそうですが、衆院法制局の反対、要は民法をいじるのがめんどくさいということで、積み残しになったそうです。
馳浩「ねじれ国会方程式」という、一見、浅そうな本にその辺の経緯が記録されています。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AD%E3%81%98%E3%82%8C%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E6%96%B9%E7%A8%8B%E5%BC%8F%E2%80%95%E5%85%90%E7%AB%A5%E8%99%90%E5%BE%85%E9%98%B2%E6%AD%A2%E6%B3%95%E6%94%B9%E6%AD%A3%E3%81%AE%E8%88%9E%E5%8F%B0%E8%A3%8F-%E9%A6%B3-%E6%B5%A9/dp/4833016184

>手続法上は、結果オーライではすまないところがある。
とのことですが、そもそも結果オーライにしたかったのは、法制局を含む、法曹界ではないのかという気がします(上記書籍ではその辺の事情も明確に記録されています)。

なお、医療の現場では、日本小児科学会がガイドラインを出しております。
http://www.jpeds.or.jp/guide/index.html

辛口ですが、法曹界がもたもたしてるから世間が迷惑している、と言われても仕方がない状況なのではないでしょうか。

投稿: さとれ | 2009/05/16 08:41

 トラバありがとうございます。医療・法曹・教育など関係者が連携すれば、制度的にはいろんな工夫ができることを示す例だと思います。
 自己決定ってプロセスモデルの関係の中で行われる共同決定ではないか、なんて抽象的なことをときに書いたりしているのですが、こういう現実をみると、わかりやすい。なんて思っています。

投稿: satosho | 2007/07/19 14:24

今さらなのですが、最近、ちょっと考えるところがあり、トラバしました。先生の(記事の)ご関心とはずれるのですが、輸血・手術拒否事例での最近の動きが分かる記事ということと自己決定を考える意味でも興味深いので・・・しかし、この手法、どう考えても、すごいですよねぇ。

投稿: MOMO | 2007/07/19 07:01

表現が足りない部分がありましたので、訂正しました。(06/10/26 Thu)8時。

投稿: satosho | 2006/10/26 07:55

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