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2006/11/01

雉本朗造の法律研究所

前に勤務していた大学の学生法律相談部の機関誌に標題のタイトルで掲載した文章が、ファイルの中をうろちょろしていたら出てきたので採録します。法科大学院ができる前の文章なのですが、いまから振り返ると社会が変わったところ、変わらなかったところ、などなどいくつかコメントをつけたいところがあるので、書き直したいからです。書き直しの文章はあとにすることにして、まずは、掲載した文章そのものを下記に採録しましょう。あくまで2000年に書かれた文章であることに留意してください。

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雉本朗造の法律研究所

 現在、多くの大学で実施されている学生法律相談は、周知のように末広厳太郎の指導と努力によるところが大きい。その当初の意義は、ナマの事件に相談という形で関与することで、学生の法律知識を現実に根付いた「生きた」ものにするという「教育目的」に関わる意義と同時に、教育・研究活動を社会に還元するという大学の「社会的役割」も果たそうとするものであったといってよい。
 この後者の「社会的役割」の実践という意義は、残念ながら、今日では著しく減退している。相談件数もあまりなく、加えて相談内容も、すべてではないにせよあまり真剣みのないものがある。これは大学生が対応するということに対する社会の見方の変化に大きく起因するものかもしれないが、同時に大学に対する社会的信頼の変化でもある。実際に弁護士が担当するのであれば格別、細かい実務を知らない(と少なくとも社会的に思われている)大学教師がその指導にあたるというのでは、今ひとつ現実味にかけるのかもしれない。

 ところで、この法律相談活動が末広によって展開された時期より少し前に、もう一つの「生きた法学実践」活動が関西で行われていたことはあまり知られていない。それは、雉本朗造の「法律研究所」である。雉本は、明治40年代から大正年間にかけて京大教授として活躍し、我が国の民事訴訟法学の基礎を築いた研究者として有名である。その彼が45歳をすぎた大正9年に、大阪に設立したのが「立命館大学付属法律研究所」である。京大教授が立命館大学の付属研究所の設立に関与するのは、今からみれば不思議に思われるかもしれないが、大正9年当時の立命館はいまだ大学令による大学ではなく、講師はすべて京大教授が兼任していたそうである。

 雉本の活動については、彼が急死したため、資料があまりなくその姿を詳細に知ることが困難なのであるが、幸い、立命館に保存されていた資料を同大学で民事訴訟法を担当されている佐上教授が「発掘」され公表されている。それによると、この「法律研究所」には、規定上は民事部、商事部、訴訟・破産部がおかれ、当時の京大教授が名前を連ねているほか、数名の弁護士が深く関与していた。資金、運営費などを実際に立命館が負担していたかどうかは今となってはあきらかではない。雉本は、この研究所を「法律の病院」、「産業界のエキスカーション(実地練習)」と位置づけていた。ここにいう「法律の病院」とは医学部における付属病院と同じ趣旨である。雉本は立命館の卒業式告示で、これまで法律学校にこの種の病院がなく「研究上はなはだ不便を感じることが多々あり」、「実際法律の研究を致しおっても現在如何なる問題が出来しあるや知るに由なき状況」であったと述べている。また、「産業界のエキスカーション」に関しては、仲裁裁判を実施することを念頭に置いて、産業界各方面における取引の実際を視察し其の技術を会得し従ってまた産業界の各方面に於ける考え方並びにその気分を了解する頗る必要で平素よりかかる用意を為しおいてこそ仲裁裁判に応じることを得るものであろう」と位置づけている。そしてこうした位置づけのもと、現実にあつかった事件を内部で研究し、時期をみて一般的・抽象的な形で学会のために公表することを予定していた。

 現実にどのような事件をあつかったのか、その詳細は、やはり明らかではない。その原因は、雉本が大正11年に急折してしまうからである。だが愛知県の小作争議に深く関わり、小作人側を支援して訴訟を戦ったことや福井県で発生した鉄道の排煙による民家の焼失事件につき、被災者の救済のために訴訟を提起したことなどが報告されている。それ以外にも研究所に関わった弁護士を通じて多くの訴訟事件が、この研究所にもちこまれたようであり、実際の姿は、「仲裁裁判所」というよりも「法律事務所」的色彩を強くにじませている。その活動に対して苦情をいう弁護士もいたらしい。しかし、さまざまな専門家の意見を動員し、当時の弁護士を指導しながら紛争処理にあたるという驚異的な構想を現実化していたことはまず間違いない。結局、雉本の死によってこの研究所は2年という短期間で閉鎖され、学会への成果の公表の有無も定かではなくなってしまっているが、もし後に引き継ぐものがいれば、独特の法学研究機関が育っていたことは容易に想像できる。

 さて、この雉本の法律研究所と、その後東京大学で末広が展開した法律相談所とは、際だった相違がある。1)まず法律研究所には、学生が関与していない。これは教育目的を、直接的には、念頭においていないということである。2)法律研究所は、相談だけではなく、紛争処理に関与している。学生法律相談は、法情報を提供して来談者に対する役割を終えるが、雉本の研究所は、実際に弁護士に事件を担当させ、紛争処理に関わるのである。この二つの違いは、大学の実践的活動として、どちらが優れているのかという枠組みで評価されるべきではあるまい。おのおのねらいが違っていて一長一短がある。

 ただ学生法律相談は、当時も今も大学システム、弁護士システムの中には親和的である。これに対して雉本の活動は、かなりの調整を必要としよう。雉本が「京都帝国大学付属」とせず私学である「立命館付属」としたことは、大学システムの中での軋轢を、完全とはいえないまでも和らげようとした意図があるとすでに指摘されている。また当時の弁護士法は現在の弁護士法に比較して規定が不十分なものであったので、弁護士会とどのような折衝があったのか定かではないが、現行の弁護士法を前提して考えると、提携禁止や非弁活動禁止に触れる可能性があるし、紛争に関与する形態でも小作争議ではいったん仲裁を試みようとして双方から協議をうけた後に、小作人側の支援を行うなど、受任禁止規定や弁護士倫理との関係で問題を内在させている。これらの点は、大学人の活動に対して当時の社会の見方が比較的おおらかであったのか、正面切って問題にされた様子がない。しかし、雉本の死後、その活動を継承するものがいなかったことは、大学の法学研究と実践活動との関連についての彼の見解を継承するものが少なかったという側面だけでなく、こうした制度的な制約の壁が大きく立ちはだかっていたことは、容易に想像できる。

 さて、現在の時点で、実践的法学教育、研究のあり方をどう模索すべきか。これが雉本の紹介をした意図である。それは法の解釈や適用が、状況を離れては十分に理解できないからである。

 まず、内外の制度には親和的である学生法律相談活動は、今日の大学の社会的役割という側面からみた場合、きわめて限られたものになりつつある。少なくとも末広が意図していたものとは違っているのではないかと思える。しかし学生法律相談活動の有り様を一挙に変革することは難しいと言わざるを得ない。いささか低落傾向が続いているとはいえ、長い歴史を有しており、その間に培ってきたノウハウなどもあるからである。

 他方、周辺環境として各種のADRが認識、開発されてきていることも視野に納めなければならない。大学の社会的役割として、そうしたものについての情報蓄積、提供、そして積極的な関与が期待されている。弁護士会の仲裁センターだけでなく、各種の民間型のものも多数登場しているが、これらADRは、大学が紛争処理に関与する際に連携をとりやすいものである。情報提供については、いままでは弁護士の広告禁止が大きな足かせとなっていたが、周知のように、弁護士会はつい最近、広告の原則的解禁を認め、弁護士制度それ自体の自己改革を続けている。大学法学部もきわめて不透明な形ながら変革の途上にある。

このようにみてみると、雉本のような活動は、現在でも困難なハードルがなおあるが、より現実味が増しているように思える。学生法律相談は、それとして活動を続ければよい。紛争処理への関与も別の組織として考えればよい。それら各種の実践活動が、それぞれ単発・孤立型で展開するのではなく、ゆるやかながらもネットを組めればよいのである。

 大学法学部の存在意義をも含めて日本の司法制度のありかたは、周知のように大きな、そしてややもすると性急な、議論の遡上にある。大学の外から吹き込んでくる、とりわけ法律家以外の人々から出される意見は、大学はあまりにも現実から遊離しているというものである。私は必ずしもそうは思わないし、逆に、大学であるからこそ現実から距離を置いた研究や教育もあってよいと思うのであるが、同時に「生の事件」から学び取るという研究や教育スタイルに対してあまりにも閉鎖的であったという側面も否定しがたい。変化が期待されるべきである。(立教大学学生法律相談機関誌RALA・2000年度に掲載)

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