ルクレティウスの幸福観
ある本を読んでいたら、なんでもギリシャ時代のエピクロス派の詩人ルクレティウスという人は、『物の本質について』と題する書物を書いているそうです。岩波文庫(樋口勝彦訳)に入っています。その第2巻冒頭は次のような文章です。
* 大海で風が波を掻き立てている時、陸の上から他人の苦労をながめていのは面白い。他人が困っているのが面白い楽しみだと云うわけではなく、自分はこのような不幸にあっているのではないと自覚することが楽しいからである。
* 野にくりひろげられる戦争の、大合戦を自分がその危険に関与せずに、見るのは楽しい。とはいえ、何ものにも増して楽しいことは、賢者の学間を以て築き固め られた平穏な殿塔にこもって、高所から人を見下し、彼らが人生の途を求めてさまよい、あちらこちらと踏み迷っているのを眺めていられることである。
* 才を競い、身分の上下を争い、日夜甚だしい辛苦を尽くし、富の頂上を極めんものと、また権力を占めんものと、あくせくするのを眺めていられることである。
不二家騒動、納豆報道をめぐる報道各社の確執、ホリエモン騒動、こういうニュースに触れて、上のような楽しみを感じる人がいるかもしれない。
法科大学院がどうしたこうした、弁護士人口が増えて就職できないそうだ、云々の話題も同じ類の幸福を社会に与えているのかもしれない。その証拠に、理想の法曹とはなにか?とかあるべき教育方法はなにか、といった本質的な話しは、まったく話題にならない。
うえのような楽しみは、いうまでもなく、あまり趣味のいいものではない。しかしうっかりすると、こうした幸福感に満足してしまう、そんなことはないだろうか。最近の報道をみていて、そんなことを感じてしまう。あれ?、これも「あちらこちらと踏み迷っているのを眺めて」楽しんでいるのかな。
引用の文章は、山下太郎さんという方の次のサイトを参照させていただきました。
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コメント
ほんとにむなしいですねえ。ちなみに引用を忘れていました。ギリシャ哲学の専門家のブログは、さすがに知識の宝庫ですね。
本文中に追加訂正します。
昨日、千葉の「ともに暮らす条例」の報告会があり、二次会で飲みすぎてふーふー言っています。これコメント遅れた言い訳です(苦笑)。
投稿: satosho | 2007/01/28 23:26
なるほど、そうなのかもしれません。「陸の上」とか「危険に関与せずに」というところがポイントなのでしょうね。
「そういう他人の様子を眺めていられる、時間的ゆとりはある」、「あれこれ無責任に論評する力もそれなりにある」、けれど、「何か他に夢中になるようなものはない」し、「その問題の本質まで抉り出そうという意欲もない」ってところでしょうか。何だかむなしい幸せだなぁ・・・
投稿: MOMO | 2007/01/27 14:31