「わたしの息子は事件じゃない」
8日から昨日10日まで大阪・岡山と出張していました。
全日本育成会の権利擁護プロジェクトの研究成果を各地の育成会で報告するための報告集会が全国を7ブロックに分けて開かれるのですが、そのうちの3箇所を私が担当しているのです。
どの報告集会も朝9時半から受付開始、それから夕方4時過ぎまでびっしり内容が組まれています。私は中央派遣の委員なので全部を聞き最期にまとめの報告をしなければなりません。体力的にほんとにきつい。でも連日、弁護士、後見利用経験のあるご家族の方のお話を伺うのは、とても勉強になります。
後見利用経験のある親御さんの話しは、成年後見を利用してなにが良かったのか、よく分からないという話しであったように思います。これはまあ予想されたことです。なんの支援も援助もなく先駆的に後見利用を始めた親御さんを、いまから早急にサポートする必要を感じます。
ところで、それとは別に親御さんの発言で印象に残ったものがあります。裁判所の敷居が高くとても入りづらい、でも行ってみると職員の方がとても親切で驚いた、と複数の方から発言がありました。
裁判所を利用するなんてことは、日常生活ではまず経験しない障害者の母親が、後見申立のために裁判所に足を運んだときの心境は、やはり複雑なようです。
裁判所の職員の皆さんもそうした母親へできるかぎりの応対をしておられる様子が、お話しの中で伺えます。
それにしてもと、ある母親がこう言ったのです。
「裁判所の言葉は難しすぎます、だいたい私の子どものことで相談するときに、いちいち事件番号とかをいわなきゃならない。なんで私の子どもが事件なんで すかねえ。うちの子供は事件なんか関係ないですよ。」
これは私もうなりました。そうだろうなあ。法律の世界に長くいると気がつかない指摘です。後見申立ては、法律の世界では非訟「事件」ですが、世間で事件というとたぶん犯罪なんでしょうね。さて世間にあわせれれば、どういう呼び方をするんでしょうか。受付番号かなあ。あるいは受理番号か。
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コメント
momo さんコメントありがとうございます。私は、自分では結構、日常生活感覚のある大学人だと思っていたのですが、障害当事者のご本人やご家族の方のお話を聞いたりすると、やっぱりに大学の中で生きてきた人間なんだなあって気づかされます。
このエピソードも、そんな一例ですね。
投稿: satosho | 2007/02/17 11:04
あぁ、この感覚、すごく大事だと思いますねぇ。法律家は、つい見過ごしがちですが、「裁判所」で手続をすること自体、「なんで?」って感じじゃないかと思います。今、たとえば、うちの息子に、「裁判所って何をするところ?」って聞いたら、「悪いことした人にどんな罰を与えるか決めるところ」と答えるでしょうからね。大人ですから、このレベルではないでしょうが、少なくとも「裁判所=紛争が持ち込まれるところ」というイメージでしょう。考えなければなりませんね。
投稿: MOMO | 2007/02/15 14:45