弁護士急増の時代
いまの話ではない。大正時代の話である。
橋本誠一さんの『在野「法曹」と地域社会』法律文化社(2005)を読んでいたら、大正時代に弁護士人口が急増したことが丁寧に述べられていた。
同書によれば、大正元年(1912)までは日本の弁護士人口は約2000名で推移していたが、大正7年(1918)には3000名程度になり、大正13年(1924)に5500名に迫る勢いであったという。12年ほどで約2.7倍になったことになる。
この急増は司法省の政策であったらしいが、この期に、弁護士界から起きた論議は、弁護士窮乏論(要するに食えなくなる)であり、非弁護士(三百)取締論
であったところが面白い。1920年ぐらいから、戦後恐慌の影響で訴訟件数も増えており、人口増が弁護士窮乏論に直結する正確な根拠や内容は私にはよくわ
からないのであるが、人口増に対してこの二つの意見が弁護士界として登場するところは、いまの時代と良く似ている。そして、その結果(というほど因果関係
があるのかどうかが分からないが)として、弁護士法改正論議が登場し、昭和初期の弁護士法改正へと結実していくのである。
この急増期前、つまり明治から大正期にかけては、代言人規則、旧弁護士法の法制度が整備される中で、法廷業務についての資格弁護士の登場、弁護士・非弁
護士共存、法廷から非弁護士の排除と進展したところであるが、大正期においてもなお法廷外では非弁護士の活動は活発であったらしい(弁護士の数より三百の
数のほうが多かったと記されている)。その間の弁護士・非弁護士の相互関係の叙述はとても興味をそそるが、ここに書くだけの余裕が私にはないので、同書を
読まれたい。この本は、標題どおり地域の中での弁護士活動を明治から昭和にかけて描写したすばらしい本である。
いま日本の弁護士人口は2万人を突破し、2018年ころには実働法曹人口5万人を予定している。丁度、大正期と同じ急増を「政策的」に取っているわけで
あるが、やはり窮乏論(というより就職難論議)が登場している。同時に職域拡大(法廷外業務の開発)と、そこにおける非弁対策が登場しそうだが、どの程度、強力に登場するのかはまだ
定かではない。事柄の性格上、それほど明確な形では登場しないのか知れない。むしろ、弁護士法の規定上は、戦後に条文上貫徹した形となった弁護士法72条の訴訟内外における非弁排除規定が若干緩和されたが、ADR法における規律をみていると、緩和論と取締論のせめぎ
あっているとみることができる。
そんな目で見ていると、新信託法の業務取扱をめぐる信託銀行と弁護士会の緊張関係も興味を引く。こちらは信託銀行の業務独占に対して弁護士
会が解放を要求しているのであって、潜在的信託利用者からみれば弁護士会を応援したいところである。が同時に弁護士のみに受託者を限るという主張だと、説
得力を欠くことになりそうだ。ここらあたりもこみいっている。
| 固定リンク
「おすすめ文献」カテゴリの記事
- その人らしく生きる(2009.07.05)
- 虐待大国?(2008.11.03)
- 条例のある街(2007.01.30)
- 弁護士急増の時代(2007.08.22)
- 菅 富美枝さんのご本(2007.01.25)
「法と弁護士」カテゴリの記事
- 震災時の法律問題の解説サイト(2011.03.26)
- 権利能力なき社団に対する強制執行(朝鮮総連ビル事件)(2010.07.03)
- 弁護士バー(2010.05.22)
- ネットと法律家(2010.05.19)
- 弁護士は楽観的(アメリカの場合)(2010.05.13)


コメント