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2008/05/31

Thomas-Hill Controversy 裁判官の不祥事2

 今回の宇都宮の裁判官の話は、オフィス内でのトラブルで裁判官が嫌疑をかけられているケースであるが、この種の話ではアメリカの例がさすがにスケールがでかい。

 アメリカの最高裁にクレアランス・トーマスという黒人男性判事がいる。この方、連邦高裁判事のときに先代ブッシュから 最高裁判事候補に指名された。1991年7月のことである。アメリカの最高裁判事候補者については、上院が審理し投票で採決する。そこで上院の公聴会審理が彼について始まったが、その過程で女性の黒人大学教授(アニタ・ヒルさん、トーマス判事が裁判官になる前の職場の元 部下)からセクシャルハラスメントをしていたとの告発が提起され、この判事審査は全米を大論争に巻き込んだ(Thomas-Hill Controversy と言うらしい)

 トーマス判事の前任者の黒人判事であるマーシャルさんはリベラルだったが、このトーマスさんは保守派で知られる。たとえば、ご自身はアファーマティブア クションで大学に入った方なのであるが、アファーマティブアクションは廃止すべきであるとのご主張らしい。中絶だ、ゲイだの論議でもなうての保守派であり、共和党からウケがいい。当然、指名当初からその政治的主張に賛否両論があった。これはアメリカでは当たり前である。最高裁判事にまったく世間の興味が注がれない、日本とは状況がまったく違う。
 しかし、それだけならトーマスさんの法や政治に対するスタンスを上院議員たちがアレコレ議論して候補者として指名するかどうかを決めるところである。sれなりに注目はされただろうが、それだけなら「あたりまえ」の世界の中にある。ところ が、上院の委員会にヒルさんから、トーマスさんがかつて彼女にセクハラ行為をしていたとの意見書が届き、それを委員長が委員会で披露したことから、議論の 様相はまったく変わったものになっていった。セクハラ行為があったのかどうか、それはどのようなものであったのか、仮にあったとして最高裁判事の指名を否 定するほどのものなのか、これらの論点がトーマス判事、ヒル教授、そしてそれぞれの支持者によって詳細に委員会で語られたんのである。場所は法廷ではない。上院における最高裁判事承認審査の場所である。最高裁判事候補者の政治姿勢や法的主張の論議ではなく、執拗にヒルをデートに誘ったか、ポルノ談義を職場で行ったか、Public Hair というコトバをヒルに対して使ったかとか、ペニスの長さを自慢したかとか、こういう類の話が、最高裁判事承認審査で全米注目の中で論議されたのである。
 トーマスさんは疑惑を全面否定。このような委員会審議は滑稽であるし、彼に対する社会的リンチである、最高裁判事に指名さえされなければ、こんな疑惑騒 動に関わらなかっただろうし、最高裁判事候補になったばかりに、不愉快な審理に立ち合わされるはめになった、事件は政治的なものだと主張し、私こそが被害者 だ、と公聴会で堂々と反論し、ついに上院では、48対52の僅差で最高裁判事就任を認め、トーマスさんは現在でも合衆国最高裁判事の職にある。

 対するアニ タ・ヒルさんは、当時はオクラホマ大学のロースクールの教授だったけど、現在はブランダイス大学社会政策大学院で教鞭をとっているようである(The Heller School for Social Policy and Management)。ヒルさんに対する上院議員の質問は(いずれも男性であった)、ヒルさんの人格攻撃をするようなものであり、この委員会の姿勢は、逆に全米の女性たちの怒りを買ったともいわれている。

 この事件の日本語の解説は、さしあたり下記あたりがヒットした。
http://www.ten-nine.co.jp/hc/teamblog/?id=453
http://blog.livedoor.jp/mediaterrace/archives/12589174.html

英文の解説はこれが本格的。
http://findarticles.com/p/articles/mi_qa3669/is_199810/ai_n8817382/pg_3

上院公聴会の記録は↓にある。(公聴会は全米にテレビ中継されていたので、どっかに映像もあるかもしれないが発見していない)
http://cti.itc.virginia.edu/~ybf2u/Thomas-Hill/timeline.html

上記記録の中でヒルの証言は(長いが)、ここあたりか。
http://cti.itc.virginia.edu/~ybf2u/Thomas-Hill/1011a04a.html
トーマス判事の証言は(これも長いが)、ここから。冒頭からすごい。
http://cti.itc.virginia.edu/~ybf2u/Thomas-Hill/1011a05.html

 ちなみに、この事件はその後、デイビット・ブロックという人物が「アニタヒルの真実」(The Real Anita Hill: The Untold Story by David Brock )という本を1993年に出版し、ヒルの議会証言がウソであり、加えてヒルが大学で学生たちにPublic hair を付けてレポートを返却したなどと、おそよ信じられないようなヒルの人格を誹謗する低俗な攻撃が行われた。その後、この 本自体の内容を批判する本(Strange Justice: The Selling of Clarence by Jane Mayer + Jill Abramson )が1994年に出版され、なにやら共和党と民主党の政治色がただようきな臭い状態になってきたところ、デイビット・ブロック自身が「ネオコンの陰謀」(Blinded by the Right)という本を2002年に出版して(翻訳版は朝日新聞社から)、「アニタヒルの真実」は共和党右翼の画策で書かれたものであって、内容には間違いが多いと自身の非を認 めてしまっている。
 現在の段階では、ヒルの証言は真実でありトーマス判事はセクハラ裁判官であると信じている人がアメリカでは多いのではないかと想像できる。そうは言って も死ぬまで身分保障があるアメリカ最高裁判事である。アメリカ人は、セクハラ男でかつウソツキと思われている最高裁判事に、これから長らく裁かれることに なる。そういう状況でずっと判事職を継続しているトーマスさんもさぞ辛いだろうなあ、と思う。

 しかし、特筆すべきは、こんなすったもんだの審議の中でどうどうと反論するトーマス判事がいて、その人物に最高裁判事のポストを与えてしまうアメリカの手続きの凄さである(それが良いというつもりはない、ただスゴイと思っているだけである)。トーマス判事が、ヒル教授に対して反省や謝罪を行ったという話は聞かない。

アニタ・ヒルさんの本も出版され翻訳されている。
「権力に挑む―セクハラ被害と語る勇気 」アニタ ヒル (著) 伊藤 佳代子 (翻訳) 信山社(2000)

トーマス判事の本も出版されている。翻訳はないし、セクハラ問題には触れられていないようである。

 この事件、最高裁判事になるかならないの上院公聴会で審議されたセクハラ疑惑論議であって、今回の宇都宮のストーカー裁判官のメール騒動とは格段に議論の大きさが 違う。人種問題、性差別問題にすぐさまリンクし、政治化し、ショー化する。さすがアメリカ「だから」というべきか、やっぱりアメリカというべきか。アメリカ「なのに」、とは思えないところが面白い。

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