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2008/12/29

浦安事件民事判決

 あまり時間もないのですが、いわゆる浦安事件民事判決について、もう一度書いておきます。この事件、控訴されるかどうかは年明け中旬にならないとハッキリしないのですが。

まず概要:24日毎日の夕刊から

千葉・無罪の元教諭わいせつ事件:浦安市と県に賠償命令--千葉地裁判決

 

 千葉県浦安市立小学校の元教諭(49)=依願退職=からわいせつ行為を受けたとして、知的障害のある少女(16)と 両親が元教諭と県、市に総額約2000万円の損害賠償を求めた訴訟で、千葉地裁(三代川三千代裁判長)は24日、市と県に対し合わせて60万円の支払いを 命じた。元教諭は強制わいせつ容疑で逮捕、起訴されたが、東京高裁で無罪が確定している。


判決のより詳細は翌日の朝刊に掲載されています。


 判決によると、少女は小学6年だった03年7月4日、教室内のカーテンスペース付近で、元教諭に胸をつかまれた。

 

 三代川裁判長は少女の証言について「帰宅後すぐ母親に被害を訴え、内容も具体的で迫真性がある」と指摘。同じ年に2度、頭を殴られたことも事実と認定した。

 

 これらの行為について、国家賠償法の「公務員が職務について、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が賠償する」との規定に基づき、県と市の責任を認めた。

 

 一方、元教諭の行為は公権力の行使に当たるとし、「公務員の職務行為に基づく損害は、個人は責任を負わない」との最高裁判例を踏襲して元教諭に対する請求は棄却した。また、県や市が適切な調査をせず、処分を怠ったとの原告側主張も退けた。

さて、この判決、裁判官の苦労が見え隠れすると先日書き込んだのですが、原告・被告、それぞれの主張がなんとも微妙に反映されているように思えるところがあります。

まず原告側: この事件は、すでに多くの報道があるように、刑事で逮捕され被告人となった元教諭は、1審2審と連続して無罪となり、上告はなかったので、この無罪判決が確定しています。
 民事と刑事の間で結論が一致しなければならないわけではなく、事実関係の判断も法的な拘束を受けないと法律の世界では考えられています。この事件の刑事判決は、教諭のわいせつ行為につい ては「被害があったことは疑いを差し挟む余地がない」とまで断言しながら、事実を認定しなかったという、一般になかなか理解しがたい表現で無罪を下しています 。

 日時の特定ができないというのがその理由ですが、数年にわたっての継続的な被害があり、複数の児童達からの訴えが明らかになった直後に、可視 的な供述を学校や支援関係者が聴取することができず、いまとなっては日時の特定は大変に難しい作業です。他方、日時の特定ができなければ、被告人側から すれば、事実関係についての反論ができず裁判手続を進めている意味が半減します。そのため、裁判官が事実の存在を確信していてもなお認定できない、刑事事件 の事実認定とはかくのごとく慎重なものであると理解するしかないように思います。

 しかし、民事は別である、と原告関係者は期待を抱いていたはずです。裁判の目的(刑罰権行使かお金の支払いか)も手続も違っている。より常識的な判断がでるのではないか、と支援者達が期待するのもまた理解できます。

 ただ、そうはいっても裁判は裁判です。あいまいな事実認定はできない。民事訴訟には、選択的事実認定、表見証明など の特種な認定方法がありますが、これらも、その背後にそうした特種な手法を支えるだけの経験則(推論)が必要です。いつのことだかわからないけど、子供がこ れだけいうのだから猥褻行為があった、と認定するのは裁判官としてもさすがにためらわれたのでしょう。

 それでも刑事で認定されなかった事実行為を母親の証言を媒介にして認定しています。全部で22件主張した暴行・わいせつ行為のうち認定されたのは3件だけなのですが、刑事で認定されなかった猥褻行為が認定されたことは、原告側にとってみれば、裁判所が期待に応えたと映るでしょうし、現にそう評価されているようです。

 また上記記事には簡単にしか触れていませんが、県や市が事後調査を怠ったという原告側の主張(事後対応義務違反)は排斥され、事後的な対応としては県や市の とった行動は適切なものであったと裁判所は認定しています。報道や原告支援者団体は、この点は批判的なのですが、県や市にとっては、行政としての対応が不適切ではな かったとされた点は、満足のいく認定のはずでしょう。
 そのため、もし県や市が控訴するとなると、60万円が払えないという実質的理由はありえないので(そもそも損害賠償請求権という訴訟物は、訴訟の目的と しては形式的なっものでしかありませんよね)、端的にたった一つだけ認定された「わいせつ行為」もなかった、つまりわいせつ行為は一切なかったと裁判の中でも社会的 にも主張していくことになりましょう。そこまで主張するのでしょうか。年明けにどのような対応がでてくるのか注目したいと思います。

 わいせつ行為が認定されて一番不満をもつのは、被告となった元教諭でしょう。しかし、この人は事実認定には不満があるにしても、訴訟としては全面勝訴(請求棄却)してしまっています。国家賠償法上の請求のため公務員に対する個人請求を認めない、という理由です。
 請求棄却判決を「勝ち取って」しまっては、民事訴訟法の通説的な見解に従えば、この人には控訴する利益(権利)がありません。その結果、「あなたは猥褻な行為をしたんだけれど、法制度的には勝訴します」、と公に判決で宣言されて、それで満足するしかない立場になっているわけです。

 かくのごとく、今回の浦安民事判決は、関係当事者のそれぞれの立場からみると裁判官のいろんな配慮が見てとれるように思います。
 原告側は、刑事裁判以降に発見されたという物証を提出しているが、それはどうも排斥されたようです。その理由は、判決文を見ていないのでわかりません。

 この裁判のプロセスで一番の論点は、子供達の被害証言をどう評価するかです。
 この事件では、しかし、被害を受けた児童の初期証言が取れていません。しかも、この事件の被害者は、児童であることに加えて発達障害を抱えている子供達です。 何人もの大人が、いろんな立場からあれこれ質問していくと、時間の経過とともにストーリーがどんどん変容・作成される可能性があることは否めません。実際、 漏れ伝え聞くところによれば、証言された行為の中には物理的に不可能なわいせつ行為の主張もあったようです。
 しかし、だからといって子供のする話は、すべて空想や作り話だとはいえな いことはもちろんです。どのような問いかけに、どのような応えがあったのか、時系列的に検証できる形で、かつ関係者の問いかけの方法や質問事項を検討し た上で、映像や録音も含めた形での証言を取っておくことが、この種の事件では必要だと言われています。
 かりに初期の段階でできなかったとして、それまでの経緯を調べて、再度、そうした質問をやり直すことが必要なように思います(これは難しいと思いますが)。今回 の民事裁判は、この点での困難さを抱えていたといえます。
 これからの司法や学校関係者に、この意味での「事後対応」を 取っていただくことができれば、この事件に関わった人々の努力が報われるように思います。

 と上記の毎日新聞でコメントしたのですが、掲載されたのは短いので分からなかったでしょうね。。そう思い敷衍しておきました。

と書いて、次の本があることを発見しました。

子どもの司法面接―ビデオ録画面接のためのガイドライン

誠信書房(2007)
さっそく注文しておきました。


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コメント

 momo さん、コメントありがとうございます。暮れにいただいたコメントにいまごろ返信しています。昨年中盤からSPAMコメントが連日沢山届くようになっておりまして、その対策に頭を悩ましています。MoMo さんのコメント、そんな関係で公開が遅れました。二年越しの失態で陳謝です。
 浦安事件や東金事件は、われわれ法律家にとって真正面から社会との対応を突きつけられています。私も頭を悩ましています。ことしは、この問題に深入りしそうです。
 

投稿: satosho | 2009/01/05 02:27

ご無沙汰しております。例年に増してゆとりのない年の瀬です。
今年も、ここでいろいろ勉強させていただきました。古くは甲山事件などでも問題になっていましたが、子ども、とりわけ、発達障害を持つ子どもの証言(また、子どもに限らず、先日の千葉の幼児殺害事件での容疑者の証言も)をどう評価するのかは難しく、少なくとも、証言そのものだけでなく、その証言を得た過程(質問の内容、口調も含めて)をあわせてみないと分からないですね。
来年も、よろしくお願いします。

投稿: MOMO | 2008/12/31 13:17

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