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2010年6月

2010/06/28

皆勤週

 今週(もう先週というべきか)は、わが家の次男は、通所施設へ皆勤である。これは今年に入って二度目(一度目は正月明けの週だったからほぼ半年ぶりか)。
 また、二泊ほどショートステイを使ってみた。行政からのショートステイ支給は、ずいぶん前から頂戴していたが、使ったことがなかった(使いたくなかったというわけではなく、どう使ったらいいのかよく分からなかったということである)。ずいぶんまわりの環境と、わが家の環境とのすりあわせができていなかったなあと、我ながらあきれるばかりである。
 見かねる人からの支援がいくつか入って、なんとか、混乱状態から脱しつつあるというところか。家族にとっても次男にとってもありがたいことである。
 だが、混乱状態を脱しつつあるとはいえ、脱したわけではなく、また今後の方針がたっているわけでもない。本人もそうだけど、家族も生活をどう組み立ていくのか、次男の顔色をみながらじっくりゆっくり考えていくしかない。

 てなことを思いながら、今日もドライブ。首都高は休日にしては混んでいましたね。葛西臨海公園に久しぶりにいったが、ここは相変わらず混んでいましたね。良い場所だからね。

 さて、今週はどうなるか。

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2010/06/24

韓流虐待報道

友人からの情報です。

●小学6年男児ら、障害持つ女児にわいせつ行為/蔚山
http://www.chosunonline.com/news/20100623000040

●障害者虐待・障害手当て横取りした施設摘発
http://contents.innolife.net/news/list.php?ac_id=2&ai_id=116496

 どこの国でも似たような話があるんだなあ、と思いますが、記事から読み取れるところでは、事件発覚のあとの対応が違うように思います。
 日本だと、施設虐待が発覚したあと、「閉鎖」という判断はしないで、「改善」を当局が考えるのではないかなあ。それは、その施設に入っている人たちの家族も、当局も、職員も、施設がなくなると困るからです。虐待を受けているご本人のことよりも、周りの都合がでてきます。いままで日本で虐待報道がでた障がい者施設で、閉鎖になったところ、ありましっけ?
 それから小学校の話は、日本だと事件として扱わないのではないでしょうかね。うやむやのまま、学校内だけで処理してしまうように思います。

 韓国と日本、事件自体は似たようなものですが、事後対応がずいぶん違うように思います。もちろん、私は韓国の方が、好ましい対応だと思います。法科大学院の造り方といい、こうした問題の扱いといい、日本は、完全に韓国に遅れています。サッカーだけではないですよ。

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2010/06/18

京阪奈丘陵 法と倫理のコラボ

京阪奈丘陵、私は京都で育ったので、その所在は聞いたことがある。ここに関西文化学術研究都市・別名「けいはんな学研都市」が建設されるという話は、もう何十年も前に聞いたことであるが、実際に着たのは今日が初めて。驚いた。とてもゆたっりした街である。

ここにある国際高等研究所で、とある研究会が開かれて、機会をいただいたので成年後見と自己決定にかかわる話を一時間ほどさせていただいた。

それにしてもすばらしい施設だ。梅雨であることをまったく忘れて、人間社会の抱える話題に精神を集中できる。

国際高等研究所の施設
http://www.iias.or.jp/profile/facilities.html

今日参加した研究会の案内はこちら。
法と倫理のコラボレーション研究会
http://www.iias.or.jp/research/project/2010_06.html

法学者が多く、しかも相当にレベルの高い方々の集まりなので、私の話が、他の先生方にどれほど参考になったのか、内心忸怩たるものがあるが、いつもの講演の癖で「毎年3万人弱の方が裁判所の手続きで選挙権を奪われている国が主要国で他にありますか・・・」とつぶやいてしまった(呟きにしては大きな声だったが)。これは響いたように思う。

ま、それはそれとして、私としては若い研究者が報告してくれた「状況的犯罪予防論」の話が収穫だった。状況整備から入っていくので、道徳的価値から中立に犯罪予防を議論できる。たとえばブラットホームの防御柵なんてのは、障がい者にとっては被害・加害両面でとても重要なのだが、これもなぜ必要なのかなんなく説明できる。福祉の現場で、触法障がい者がでたときに「支援不足」がよくいわれるが、それとも一脈通じるところがある。
報告者の方は、そういう問題として必ずしも論じておられなかったが、私には、そんな問題として聞こえたし、十分に価値のある議論だと思えた。
いや、いろんな議論があるなあ。明日も楽しみ。

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APEP?(AAPEPでした)

なんだかよくわらかないけど、APEPとかいうものがあるらしい。(AAPEPでした)
 青年期・成人期自閉症教育診断検査改訂版という日本語がインターネット上ででているが、これを実施できる人は限られている。その方が、今日(というか昨日)、わが家の次男の検査をしてくれているはずである。そういえば前の日に夫婦であれこれ調査項目に回答を書き込んだ。この調査項目、応えにくいものが多い。「合格」とか「めばえ」とか「不合格」とかランク付けがあるけど、そのどれでもないよなあ・・・・合格ではなさそうだけど、不合格か?めばえか?わからん?とか、不合格ではなさそうだけど、合格か・いやめばえか?と二人でため息をつくことしばしば。まあ、そんなことはいろんな調査で経験をしているので、これはこう聞きたいのではない?とか、そりゃ答えられんね?とか言いながら、とにかく記入。

検査が、実際にできたかどうかは、よくわからない。なぜならこの二日間、自宅を離れて外に預けているからである。毎月二日間だけ外泊をしているが、その外泊の間の方が検査がしやすいので、ここへ日程調整をした。親としては不甲斐ない話である。しかも私は完全に今日を忘れていた。諸事万端、他のことにアタマがいっている。いかんなあ。

家人はちゃんと覚えていたが、今日、どうなったか聞いていないという。なんで聞かないの・・・そんなの忙しいのに悪いじゃない・・・そうだね、でも連絡はなかったの・・・・お泊まりだからないわよ・・・・まあ、そうだなあ・・・連絡がないことはいいことだ。怪我をしたりすると連絡がくるけど、ATAPを受けられたがどうかなんて、親に知らせても知らせなくても事業者にとってはあんまり意味がないんだろうな。それにそんなことに構っているほどヒマでもないだろうしなあ。結果をたのしみに待とう。

とにかく、というわけで静な一日を過ごしている。知らせのないのがよい知らせ。ともかく私は明日から出張。次男とは私が一番、関わりが薄いことは確か。どうしたもんかねえ。このダメ父は・・。いや、ほかの関係者がいればいいのかなあ、父はなくとも子は育つ。でも、そんなん寂しいよね。

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2010/06/17

京大学術創成と成年後見研究会のコラボ

明日の研究会の報告準備をしていたら、こんなサイトを見つけた。

学術創成通信5号 pdf
学術創成通信7号 pdf
 いずれも7頁あたりに、東京でやっている成年後見と自己決定の研究会と京大学術創成研究のコラボ企画が掲載されている。平成21年3月と22年2月に実施されている。

写真なしのテキスト版記録は下記にある。

http://kaken.law.kyoto-u.ac.jp/gakuso/j/activity/record_gr_enforce.html#21-07
http://kaken.law.kyoto-u.ac.jp/gakuso/j/activity/record_gr_enforce.html#20-05


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2010/06/14

残波

週の初めの月曜日は、とにかく疲れるので難しい話はやめにして、お酒の話。
残波である。先日、友人がわが家の「見舞い」に届けてくれた。
琉球泡盛である。なんでもご実家筋から特注でケース買いされるそうで、そんな特殊な関係がないとなかなか手にはいらないものらしい。

Nec_0013

たしかに旨い。しかも一升瓶である。製造元のサイトによれば、数年にわたって金賞を獲得した品物だとか。残波でも特別の品物なのだろう。居酒屋でときおり残波をおいているが、これはたしかに違う。

良い酒の味わいがする。つまみがいらない。私は、ものごとが単純な人間なので、酒は旨いか、マズイかどちらかに分類してしまうのであるが、これはもちろん旨い。

サイトにはフルーティーって書いてあったけど、そうかなあ。そんな軽いものではないと思うけど。若い女性向けのさけかもしれないけど(フルーティ)、おじさんも堪能できる一品ですよ。若い人は、これをひょっとしたらカクテルでノンデンじゃないかなあ。ああ、もったいない。

 

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2010/06/11

成年後見法学会で聞いた話2

成年後見法学会で聞いた家事審判法改正動向のその2は、申立の取り下げ制限である。現在、成年後見などの申立は自由に取り下げができる。これを制限しようという意見が法制審議会ででているらしい。

詳しい理由や内容は学会でポツリと言われただけなので分からない。以下は推測である。

現在の成年後見審判の手続は、後見人の選任については、裁判所の専権とされていて、申立にあたって申立人が推薦する候補者に拘束されない。紛議事例では、申立人が推薦した候補者が選ばれることはほとんどなく,第三者の専門家後見人が選任されるのが普通である。このときにも申立人から高裁へ不服申立てが起こされ、審判が確定しないので、その間に取下げ、というケースがある。これが取り下げの乱用だといわれるケース。しかしこれ以外にもある。

 まったく紛議がなく、ごく普通に暮らしている親子の家庭において、親が「親亡き後を心配して」申立を決意し、さりとてほかに後見人を引き受ける人も見あたらないので、とりあえず自分を後見人候補者にして申立をしたとるする。裁判所の調査官が、その親御さんに面接してみると、調査官の目から見てちょっと癖のある人のようで、加えて高齢なので「この親御さんでは不安だ」と思ったが、なかなかご本人に面と向かって言えないので(ほんとは言った方が良いと思うのであるが、そこは法手続とはいえリアルな人間関係である)、とりあえず裁判所から専門職団体に問い合わせをして第三者後見人の推薦をえて、その方を後見人にして審判を出す(そんなことがほんとにあるかどうか、あるとしてそんなに頻繁なことかどうかは別である)。
さて、審判書を見た親御さんは驚く。自分ではない、なんだこれは、、と思い裁判所に怒鳴り込むが、不服があっても争う手続きはありませんと冷たくいわれ、それでも不服を言いたいのなら手続きとしては高裁に抗告という手続があります、と教えられる。取りあえず抗告をするが、あちこちの法律相談に駆け込んでも、後見人の選任に文句をつけても覆ることは現在はない(選任の是非は高裁では扱わないから)、と教えられてて、やむなく成年後見の申立自体を取り下げる(これも法律相談で教えられるのであろう)。

 これは家裁が審判が出したあとに、審判の確定を妨げるためだけに抗告をして、そののちに申立を取り下げる行為となり、裁判所サイドからみれば「申立権」あるいは取り下げ権限の乱用と評価される。現在は、そう評価されても、そうした権能が申立人にあるので、裁判所側もよほどのことがない限り取り下げを認める。(かならずということではないと思う・非訟には処分権主義の適用がないので)。

そこでこうした「乱用的」取り下げを制限して、いったん申立をした以上、親の勝手は許さないという法制度に変更しようという意見がでているのではないか、と想像しているのである。

 法律家サイドからみれば、まことにもっともという意見が多いように思う。そんな研究者の論文もいくつか拝見した。

 ただ、それでいいのだろうか。これは申立をした親御さんからみれば、裁判所や法律家からだまし討ちを食らったという思いを払拭できまい。もちろん、虐待まがいのことをやっている家族もいるので、家族の勝手を許さないという立論もケースによっては説得力もあるが、日本の障害者の家族や高齢者の子供が、すべて虐待行為を行っているとはいえまい。不意打ち、だまし討ち、これは処分権主義の適用があろうがなかろうが、裁判所の手続きとしてあってはならないことだと思う。
 乱用的取り下げを制限するより、公的申立(検察官?、市町村)の方をより充実すべきだ、というのが私の考えである。でも、これは予算がいる。カネのかかることはとにかくやめて、家族を「権利擁護だよ」とおだて上げて申立をさせて、家族の意見もなにもかも無視して、本人の財産を(相続がからめば、家族の財産全部ということもある)、第三者に全部ゆだねてしまおう、いじわるな見方をすれば、そんな法改正になる可能性がある。その方がご本人とって良い場合ももちろんあるとは思う。しかしである。

 私は、後見人選任についての不服申立を認めない現在の法解釈を前提にする限り、取り下げを制限することは、申立人の手続権を侵害していると考えるので、取り下げ制限には反対である。
 もっとも、この問題はかなり歴史的経緯も入り組んでいて専門家の間でも議論がかなりある。もう少し調べてみたいところであるが、とりあえず今現在の意見と理解されたい。
 さて、このあいだの成年後見法学会で聞いた話は、まだまだ続く。

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2010/06/09

成年後見法学会で聞いた話

この間の5月30日に法政で開かれた成年後見法学会で聞いたことは、さすがに学会らしくて、いろいろ参考になった。その中で最近の動きとして議論されたものをいくつか書いておこう。

まず立法動向
私の認識では、成年後見制度のそのものの改正は民法の改正であり、どうも動かないようだし、選挙権などの欠格条項の見直しもぱっとしない。残念ながら動きが鈍いなあと思っていた。

ところが、家事審判法の改正に絡めてつぎの意見が出ているという。
1)鑑定省略を原則化してはどうか。
2)申立の取り下げを制限してはどうか。

いま、後見申立の最新統計では、鑑定を省略しているケースが約7割ある。法の仕組みは鑑定を行うのが原則だろうけど、申立人の意向と裁判所の事情が重なり合って鑑定省略がどんどん広がっている。みんなが喜ぶのなら、これを原則化しようではないか、そんな提案らしい。
 ここで「みんな」というのは、本人を除いての話である。本人面接もしない、施設にも訪れない、どんな環境で暮らしているのかも分からないまま、鑑定も省略して、後見人を選び(最悪の場合、本人のことはまったく知らない後見人が選任される)、その結果、本人の財産は、本人の自由にはならず、選挙権はなくなり、自宅から施設への移動を余儀なくされ(そちらの方が後見人にとって財産管理がやりやすいから)、なにがなんだか訳が分からないまま寂しく死んでいく、、そんな人生の終末をますます促進しそうな提案である。ドイツでは裁判官が必ず本人のところへ会いに行く、と理事長が解説をしていたが、ほんとに日本はどうしてこうなるのか。。裁判官だけの問題ではなく社会全体の関心が低すぎるし、浅すぎる、成年後見バラ色論をいうメディアにあまりにも無批判すぎる、そんな気がしている。人を人として見る目が貧困な為に、あるいは見る余裕がないためにこうなるのかもしれない。このままでは成年後見は現代のウバ捨て山になってしまうのではないか。ここは、ぜひ学会として反対して欲しい。
 もっとも私は、鑑定を省略して早期に後見開始を行うことがすべて悪いとはいうつもりはない。虐待が疑われる案件で、早期の裁判所の介入が必要なケースもある。即日審判の例もあるが、ようは実情がどこまで分かっているか、それにどこまで対応できるか、なのである。それを踏まえたうえで、デフォルトが鑑定省略は、やはりおかしいし、鑑定をするしないにかかわらず、基本は裁判所がご本人の生活環境を把握することが絶対に必要なように思う(いまの裁判所のマンパワーは分かっているが、それは別問題であるといわざるを得ない)。

とここまで書いて、取り下げ制限については、改めてアップしよう。今日は疲れすぎ。

では。

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2010/06/03

宮崎から

口蹄疫の話ではありません。宮崎の友人が、完熟マンゴーの太陽のタマゴを送ってくれました。


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これが噂の果物か・・・と物珍しさが勝っています。

 


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さっそくいただきました。うーむ、確かにうまい。こんなにうまものだったのか。と、あたりえのですが、単純によろこんでいます。

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2010/06/02

咳ぜんそく?

ブログやツイッターで、咳がとまらないという話をごほごほ書いていたら、知合の方が、それは風邪ではなくて「咳ぜんそく」ではないか、とアドバイスをくださいました。
 なに、それ?、って感じですが、検索してみるといろいろアリマスね。。風邪薬を飲んでも効果がないことだけはたしからしい。けっきょく喘息に対応する薬を試した方がいいらしい。そんなところでした。で、たまたま自宅にあった喘息の薬を試しに使ってみたら、あらま不思議、今日はほとんど咳がでません。やっぱり咳ぜんそくなのか? でもちょっと違うような。。。まあ、もう少し様子見ですかね。
 親父の体調は、そんなところですが家族の様子は上向きで、とくに今週は次男は毎日、通所に通っています。はて、これがいつまで続くのか。

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