父親の役割?
今日、とある人と酒席をともにしていて、障害者の父親とは?、という話になった。
で、とある人いわく:我々は第4世代である。
(一同)ほーーー。(私satoshoは知らなかった)。
(同席者の質問)で、それはどういうことですか
ちなみに、上の回答で「我々」とは、とある人とsatosho も含めてという意味である。以下の文章を読むと「とある人」が誰であるか、特定されそうだが、まあ、それはそれでご勘弁いただきたい。また少し脚色が入っている。
(とある人)第一世代の父親は、自分が障害者の父親であることを、家族以外には隠し通して、障害福祉関係者とも関係をもたず、すべてを母親にまかせて生きている/生きてきた人達。
(一同)なるほど・・・
(とある人)第二世代は、ときおり施設のイベントに参加し,エプロンつけて焼きそば焼いて、母親の手助けをしている父親達・・・
(一同)なるほど・・・
(とある人)第三世代は、自分で積極的に福祉事業にのりだし、施設や作業所を立ち上げ、その経営に参画する父親。知的障害者の福祉現場で働いている父親は、この世代が多い。
(一同)なるほど・・・、ということはその父親達は、親であると同時に福祉事業者なんですね・・・
(とある人)そのとおり。さてわれわれ第四世代は、福祉事業の職の中で活動するのではなくて、自分の仕事の中に障害者の福祉を入れようとしている。たとえば、医療、報道、司法、行政、金融、教育、出版などなど、福祉職として働いているわけではないが、障害者と接する機会のある、あるいは影響のある職種はいくらでもある。そういう職種についている父親達が、自分の職業として障害者の父親であることを活かした仕事をしようとしている、これが第四世代です。
(一同)おおお、なるほど。
さて話はここでいちうおう終わったのですが、同席者の中にシツコイひとがいて次の質問が飛びました。
(しつこい人)で、第5世代はどうなりますか。
(とある人)え、うーーん。そうですねえ。
この質問は、とある人も想定していなかったようです。私も明示的に考えたことがなく、とある人に続いて回答をもとめられても、回答できませんでした。
で、家に帰って考えました。上記世代役割の定義は、あくまでも思考の便宜のレッテル張りですから、そのようなものとして理解することが必要であること、それを前提にすれば、個別にはいくらでも違う人がいること(ちなみに、私自身は第四世代ではなくて、3,5世代ぐらいかと思っています)、これに留意する必要があるでしょう。
で、そういう意味での第5世代なのですが、今日の酒席では答えられなかったのですが、いま思うに、父親と母親の役割分担がなくなる世代かなあと思います。父だ母だというのは身体的な性差が当然に伴いますが、今の若い親御さん達をみていると、それ以上の役割上の区別を感じません。
なので、エプロンをして焼きそばを焼くのがお母さんであってもお父さんであっても、まったく平等でなんの違和感もありませんし、事業所や作業所の理事長に父親も母親も当たりまえに就任しているでしょう。
つまり父親の特徴として語られる現象が全く特徴たりえなくなっているのです。ただ多くの家族で言えば、第二世代、第三世代がまだまだ多いでしょう。第4世代が目立はじめていて、第5世代がじわじわ浸透し始めている、そんな状況なのかと思います。第一世代の父親は、さすがに今ではいないと思いますが。
さて、上記の話をしていて私は、中根さんという方のご著書を素材にすこし文章を書いたことを思い出しました。下記です。
中根成寿(なるひさ)「知的障害者家族の臨床社会学」明石書房(2006)
http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/post_389c.html
http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/post_e619.html
http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/in_a_deferent_v.html
http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/post_4510.html
いま読み返してみても意見は変わりません。それどころか、父親と母親の区別がなくなりつつある社会で、父親の役割を論じる意味がどこあたりにあるのかを探る必要にあらためて気がついています。本人中心からみれば、問題設定を変える必要があるでしょう。ついでにいうと親なきアトという問題設定も、親中心の問題設定です。
こうした課題設定は、たぶんなくならないとは思いますが、比重は下がると思います。父親や母親の役割を議論することは、その人たちに負担をどの程度強いるかという話に直結するのですが、それは。おかしいでしょう。家族の役割ではなくて社会の役割なのだろうと思います。そうした問題設定が行われないままに、父親や母親、あるいは姉弟の役割を議論しても、ほとんど意味がないというのが私の現在の見解です。
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コメント
MOMOさんのところは私と比較すれば、文句なしにニュータイプですよ(フォローになってないかも)。
ところで、サンデル教授の講義は、私も実は、ちょっとしか見てないのです。で、京都で法哲学者が複数あつまっている会合で晩飯を食ったので、話題を振ってみたら、一回見たらあと見る気がなくなったとか、3回までは我慢してみましたとか、って意見が多かったですね。理由は明確で、新しい知見がなにもない、というものです。
講義のやりかたは確かにうまいとは思うが、内容は知っている話ばかりで、いまさらこんな話を聞くヒマはないよ、という評価であったように思います。なので、哲学の素養がない人にとっては、有用かも知れません。あれハーバードローって歌っているけど、ロースクールの講義ではないですよね。学部の教養の講義のようです。そういえば、出席している学生がちょっとハーバードローの雰囲気じゃないですよね。
私の知り合いのとくに実務家の方に、あの講義を高く評価する人がいて、それこそリバタリアンはどうだとか、ロールズはどうしたとか、まくし立てられるので、見なきゃいかんのかなあ、と思っていたのですが、まあその程度のようです。私は、あまり哲学の素養がないので、見てみようかなあと思っていますが、NHKのビデオ録画はしていないし、オンデマンドのやり方もしらないし、インターネットでダウンできる無料の英語版を我慢して見る気力もないし、でちょっとスルーするモードです。
投稿: satosho | 2010/07/04 03:05
さすが、satosho先生、鋭い((爆))・・・
形は第5世代ですが、多分、意識は2人ともニュータイプではないと思います。
サンデル教授の講義、あれ、結構、同業者は見てますよねぇ。
ビミョ―な時間なので、見忘れてしまい、あわてて最後のほうだけ見ることも多いのですが…「面白いよ」と薦めてくれたのは民法学者でしたが、私は、「人の講義を聴く」という面白さはともかく、内容はビミョ―・・・専門外だからかなぁと思っていたのですけど、法哲学者の評価は低いのですね(笑)。面白そうだから、記憶をたどって、ぜひ記事にして下さい。
投稿: MOMO | 2010/07/04 00:23
うわ、MOMOさんのところは、確かに第5世代と名乗る資格がありますねえ。念頭に置いていたわけではないのですが、言われてみれば、その通りだ。
でもTOTOさんの意識は違うかもしれませんね(お逢いしたことないので自信なし)。かくれ第四世代かも・・。またMOMOさんも案外古いタイプかも・・これも失礼しました。新しい第5世代は、わたしみたいな世代からみればとにかくまぶしくて、よくわかりません。ははは。
書いたものですが、酒飲んだときのものは面白いものが多くて(覚えているのが少ないのが残念なのですが・・・)、最近では、サンデル教授の講義が、法哲学者の間ではおおむね評価が低いというものがあります。これも書いてもいいんだけど、たぶん分かる人がすくないだろうなあ・・
投稿: satosho | 2010/07/03 02:13
面白いなぁ、satosho先生らしい議論だなぁと読ませていただきました。
うちは、多分、第5世代・・・なのかな・・・
家事・育児の分担はしていますが、父親と母親という区別はありません。そのせいか(あるいは、逆転してみえるのか?)、うちの息子は小さいころから、しばしば「パパ」と「ママ」を呼び間違えます(笑)。ま、本人としては、どっちでも事足りるのでしょう(むしろ、世にいうママ的な仕事はパパのほうが上手なのかも・・・!?)。
投稿: MOMO | 2010/07/03 00:16
マルゲリータさん、お久しぶりです。ぜひ一献といいつつ、ついにビールの季節になりましたねえ。ははは。
うちもほぼ同じ風景ですよ。母親の方が怖いみたいですね。父親は、ただやさしい、言うことを聞いてくれる人という感じでしょうか。その人がいうことを聞かないと、したがってパニックになるようです。
でも、ということはマルゲリータさんのところも第??世代ですか。失礼しましたあ。
投稿: satosho | 2010/07/02 23:37
GAMI さん、お久しぶりです。
あたらしいお住まいはいかがですか。
父親の話、なんのきなしに酒を飲んでいて出て来た話なのですが、私自身、とても整理ができたような気がします。
GAMIさんのような方が、気楽にコメントしていただける障害者論を作りたいですよね。ちまたには重い話が多いですから。私は軽すぎるかも知れませんが(笑)。
投稿: satosho | 2010/07/02 23:30
お久しぶりです。 暑いですね。
ビールがおいしい季節になりました。
さて、父親と母親の役割という概念を
障害者本人から見ると、
母は毎日掃除をしたりご飯を作ったり
しているけど、毎日出かけていく父は
いったい何をしているの???!
まさか自分の生活が父の収入で成り立
っているなどとは夢にも思っていない
かも?!
その証拠に父には悪態をつく娘も
母には絶対服従。
これって、我が家だけでしょうか??
投稿: マルゲリータ | 2010/07/02 22:22
ご無沙汰しております。GAMIです。
「障害者の父親の進化論」、とても興味深く読ませていただきました。そして、最後は「家族の役割を議論することは意味がない」と結んでいるところも納得です。
一方で、家族にしかできないこともあるように思います。家族は他の人とは違い、家族なのですから。
とてもよい記事でしたので、私に障害者の家族を論じる資格はありませんが、口を挟ませていただきました。失礼しました。
投稿: GAMI | 2010/07/02 22:13