2010/08/11

おかげさまで(続)

7月22日に子供の通所無欠勤記録が続いていると書きましたが、まだ続いています。もう完璧にレコードですね。8週間になりましょうか。
 7月22日の書き込み

本人も家族も安定してきています。こんどは次の展開を考えたいところです。というわけでもありませんが、Ipadを購入しました。これをなにか療育に利用できないか、と思っているのですが、いまのところまったく利用できていないです。ただなんか可能性を感じますね。Iphoneも注文中ですので、いずれなにか考えたいと思います。まずは、一分間まつとか30秒まつとかいう、タイマーを表示させたいのですが、アプリがどこにあるのかわからなくて。。。これも含めて、有用アプリがあったら教えていただけると、とてもありがたいです。

さて、今週の日曜は、朝7時からドライブに出ました。寝ぐるしかったので起きていたのですね。私もです。

 朝の首都高はさすがに空いていますね。そこで、レインボーブリッジのPA(芝浦パーキングエリア)に寄ってみました。過去なんどか寄ってみたことがあったのですが、子供が車から降りないので、立ち寄ることをこのところやめていたのです。でもこの日は朝でもあるし、時間もあるので、と駐車場に車を止めたらなんと、下りたのですね。見えないところにあるコンビニに行って休憩してドライブ継続です。これで立ち寄りスポットが一箇所増えました。プールもスーパーも銭湯も、どこもかしこも、朝はやっぱり空いています。こんどまた試してみたいですね。

 早起きは、一文の得

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上の写真は、芝浦パーキングエリアの休憩場所からみた東京湾とレインボーブリッジです。ここから歩いて遊歩道にでられないのかなあ。

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2010/07/22

おかげさまで

 突然ですが、私どもの家族は,ずいぶん安定しました。これがどこまで続くのか、よくわかりませんが、次男は、この5週間ほどは、通所施設へ皆勤です。

 これはレコードだと思っていたら、施設の職員さんが作ってくれてデータをみたら、昨年の5月から6月にかけて6週間ほど皆勤していました。それに次ぐ記録ですね。5月から7月にかけて、この時期は調子がいいのか? いや、その前年のデータではそうでもないから違う要因か?、もう少し検討が必要な気がします。が、安定度はいまが高いですね。なぜそう思うかというと、関わりのある方々とのやりとりがあるからです。

 とにかく、この間、家族がこの20年間で初めての経験を味わっていることも事実です。家人も長男も、この20年間で初めてだと言っています。ショートステイを使っているワケですが、入所施設にお子さんを預けた親御さんの感覚も同じようなものではないかなあと思います。

 こうなると大切なのは、本人がどう思っているかですよね。泊まりの施設が楽しいのか、日中活動の施設が楽しいのか、それとも自宅が楽しいのか、コトバがありませんから、状況を知っている人のそれぞれのナマの意見を聞きながら判断するしかないです。そのための意見交換会は、ものすごく大切です。で現状では、施設に家族が負けている(苦笑)、そんな報告があるから、ちと考えること多い状況ですね。でも・・・やるぞ、お父さんは・・・ははは。

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2010/07/20

幻の酒

 ちょくちょくお酒を頂戴すると書きましたが、その続編です。こんなものを鹿児島県出身の京都の友人が送ってくれました。

 

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じゃじゃーん。わかりますかね。森伊蔵です。もう、もったいなくて飲めない・・・・(苦笑)。
友人も酒好きなのですが、「たまたま手に入ったので」と送ってくれたのです。いやあ、持つべきは友、というか、「あんた自分で飲まないの・・・」と思わずいったら、いやあんまり興味ないとのこと。ほんまかいなあ。

 さて、この酒、いつ飲むか。・・・いまごろ京都は熱いだろうなあ。大文字は終わったのかもしれないが、この時期の京都盆地の暑さは半端じゃない。

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2010/07/18

茨城の成年後見とブルーベリー

 先日木曜日に、水戸に行ってきました。県内の知的障害者相談員の方々の研修会で成年後見のお話をする機会をいただいものです。「知的障害者相談員」とは地元の育成会が県から受託している事業のようで、多くはご家族の方々が相談員になっているようですね。で、そのつもりで出掛けていったのですが、県内の市町村の障害福祉課の方々も沢山お見えになっていて、おもわず行政に対する熱い期待を語ってしまいました。ご参加のみなさま、熱心に聞いていただきありがとうございました。

 水戸は、駅北口を出て裁判所まではなんどか往復したことがあるのですが、南口に降り立ったのは今回が初めてで驚きましたねえ。再開発が進んでいて北口とはまったく違う街になっています。北口が旧市街、南口が新市街というところでしょうか。時間があればゆっくりとあちこち歩き回りたいところでした。

 ところで、共時性というコトバがありますが、ものごとは重なります。まえに鳥取ネタが重なりましたが、今回は茨城ネタです。どういうことかというと、この講演の2週間ほど前に茨城の知人からブルーベリーが送られてきたのです。

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 一粒一粒が丁寧に作られた種なしブルーベリーです。とても美味しいですよ。やや大粒で食べ応えがあります。家族全員で、うまいうまいとあっという間に食べてしまいました。
 このブルーベリーは正見園という自閉症の方が栽培している畑で作られています。サイトもあります。
 http://www.speedway.ne.jp/~b-road/

一度、現地を見に行ってみたいとは思っているのですが、なかなか機会がなくて。でも美味しいつながりは、ちゃんとつながっていますから、それでいいのかもしれませんね。

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2010/07/09

AAPEPと選挙

 昨日、期日前投票にいきました。すごい混みようです。受付の前は長蛇の列。政党名を記入する比例区のしくみが変更になっていて少し戸惑いました。

さて投票に行く前に投票所入場整理券を見てみると家族4人の整理券が全部ありました。そこには、我が次男の名前もあります。もう二十歳を超えていますから当然でしょう。ほーー、来てるねえ、と家人に告げて私だけ投票所へ行きました。

昨日、次男のAAPEPの検査報告をご担当の方から詳細に聞きました。この検査、私の予想以上に的確です。家族の事前アンケートだけでなく、通っている事業所のアンケート、そして担当者の方が直接、本人面接していろいろチェックする直接観察の結果を踏まえて、実に丁寧な考察を加えているのです。そうとうな時間を割いてくださっていることは間違いありません。関係者の方に感謝・感謝です。

結果は,私の予想(希望)よりも次男の能力を低く評価してあり、説明を受けてなるほどと思うと同時に、できるところとできないところを無視して、あれこれ支援することが、本人をいかに混乱させているのか改めて反省するところ多々ありました。

で、検査項目の中に当たり前ですが、自分の名前を書けないというものがあります。そりゃそうですよ、文字はまったく書けない。ことばがないのです。で、はじめの話なのです。その彼に投票所入場整理券が来ています。おそらく実際に使うことはないでしょう。

AAPEPの結果は、障害程度が最重度であることを示しています。でも「だから」彼に選挙権は与えない、と言われると私はおかしいと思います。彼は、一個の人間であり、「自分の意思」というものを明らかに持っています。AAPEPの結果を見ても、そのことは分かります。いや日頃一緒に暮らしていれば誰でも分かります。

もし彼に投票行動がとれて、投票できれば、その意思を尊重すべきでしょう。彼に成年後見人をつければ、選挙権がなくなります。なぜ彼の選挙権を奪うのでしょうか。判断能力がないから?。しかし、成年後見で問題にしている判断能力は財産管理能力でしょう。政治的な思想信条をもつ能力を家裁が判定しているとはとても思えません。彼に選挙権があることで、国政に混乱が生じるから?。これもおかしいのです。最重度の人は実際に投票行動がとれないから、選挙権があろうがなかろうが、国政に投票行動を通じて影響を与えることは現状ではありえないのです。では、もし実際に投票行動がとれる程度の障害者がいたとして、その人の投票権を奪う理由は、なんでしょうか。判断能力がないから?。繰り返しになりますが、家裁はそのような意味での判断能力を判定しているワケではありません。そのような人は、適切な判断ができないから?しかし、A党に入れた人は適切ではなくて、B党に入れた人が適切である、などと判定する尺度が選挙制度にはあるのでしょうか。それは結果で決めるとするのであれば、選挙に負けた政党の関係者や投票者の選挙権をみな奪うしかない。そんなことは誰も考えないでしょう。投票というものは、そういうものです。

 もっとも、この問題はもっといろいろ考察しなければならない話があるように思います。たとえば未成年の子供に選挙権を与えないこととの比較です。しかし、これも正確な比較ではないようにおもいます。未成年の人はいずれ成年になります。つまり、いま必ずしも根拠のはっきりしない大人側の事情で選挙権を剥奪されていますが、いずれ選挙権を与えられることが約束されているのです。ところが成年後見人をつけた場合、その人の選挙権が復活することは現実にないでしょう。完全に政治社会から抹殺されるのです。なぜ、そこまで社会は障害者を嫌うのでしょうか?。それが分からない。そんなことを考えた一日でした。

選挙の時期になるとどこかで施設長が逮捕されています。投票者名を指示したというのがその大半です。ですが、選挙運動一般は、投票者を指示するのでしょう。菅さんも谷垣さんも、そのほかの方々も投票者を選挙民に指示しているのでしょう。ここが実は一番の問題です。障害のない人達に、この人に投票してくださいと御願いしたら、それは合法な選挙運動であり、障害のある人に同じことをしたらそれは違法な選挙運動である、というのはなぜでしょうか。障害のある人への選挙運動は、形の如何を問わず違法なのでしょうか。誰が立候補しているのか、どんな人なのか、そんな説明をすることを苦労しながらしているのでしょう。数年前につくば大学の学生がお金をもらって特定候補に投票したという事件がありましたが、この事件を契機につくば大学の学生の選挙権を剥奪せよという話は聞いたことがありません。当たり前だと思いますが、その当たり前のことが障害のある人に対しては、当たり前でなくなるから不思議です。

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2010/07/01

父親の役割?

今日、とある人と酒席をともにしていて、障害者の父親とは?、という話になった。

で、とある人いわく:我々は第4世代である。

(一同)ほーーー。(私satoshoは知らなかった)。

(同席者の質問)で、それはどういうことですか


ちなみに、上の回答で「我々」とは、とある人とsatosho も含めてという意味である。以下の文章を読むと「とある人」が誰であるか、特定されそうだが、まあ、それはそれでご勘弁いただきたい。また少し脚色が入っている。

(とある人)第一世代の父親は、自分が障害者の父親であることを、家族以外には隠し通して、障害福祉関係者とも関係をもたず、すべてを母親にまかせて生きている/生きてきた人達。

(一同)なるほど・・・

(とある人)第二世代は、ときおり施設のイベントに参加し,エプロンつけて焼きそば焼いて、母親の手助けをしている父親達・・・

(一同)なるほど・・・

(とある人)第三世代は、自分で積極的に福祉事業にのりだし、施設や作業所を立ち上げ、その経営に参画する父親。知的障害者の福祉現場で働いている父親は、この世代が多い。

(一同)なるほど・・・、ということはその父親達は、親であると同時に福祉事業者なんですね・・・

(とある人)そのとおり。さてわれわれ第四世代は、福祉事業の職の中で活動するのではなくて、自分の仕事の中に障害者の福祉を入れようとしている。たとえば、医療、報道、司法、行政、金融、教育、出版などなど、福祉職として働いているわけではないが、障害者と接する機会のある、あるいは影響のある職種はいくらでもある。そういう職種についている父親達が、自分の職業として障害者の父親であることを活かした仕事をしようとしている、これが第四世代です。

(一同)おおお、なるほど。

さて話はここでいちうおう終わったのですが、同席者の中にシツコイひとがいて次の質問が飛びました。

(しつこい人)で、第5世代はどうなりますか。

(とある人)え、うーーん。そうですねえ。

この質問は、とある人も想定していなかったようです。私も明示的に考えたことがなく、とある人に続いて回答をもとめられても、回答できませんでした。

で、家に帰って考えました。上記世代役割の定義は、あくまでも思考の便宜のレッテル張りですから、そのようなものとして理解することが必要であること、それを前提にすれば、個別にはいくらでも違う人がいること(ちなみに、私自身は第四世代ではなくて、3,5世代ぐらいかと思っています)、これに留意する必要があるでしょう。

で、そういう意味での第5世代なのですが、今日の酒席では答えられなかったのですが、いま思うに、父親と母親の役割分担がなくなる世代かなあと思います。父だ母だというのは身体的な性差が当然に伴いますが、今の若い親御さん達をみていると、それ以上の役割上の区別を感じません。

 なので、エプロンをして焼きそばを焼くのがお母さんであってもお父さんであっても、まったく平等でなんの違和感もありませんし、事業所や作業所の理事長に父親も母親も当たりまえに就任しているでしょう。

 つまり父親の特徴として語られる現象が全く特徴たりえなくなっているのです。ただ多くの家族で言えば、第二世代、第三世代がまだまだ多いでしょう。第4世代が目立はじめていて、第5世代がじわじわ浸透し始めている、そんな状況なのかと思います。第一世代の父親は、さすがに今ではいないと思いますが。

 さて、上記の話をしていて私は、中根さんという方のご著書を素材にすこし文章を書いたことを思い出しました。下記です。

中根成寿(なるひさ)「知的障害者家族の臨床社会学」明石書房(2006)

http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/post_389c.html

http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/post_e619.html


http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/in_a_deferent_v.html


http://www.satosho.org/satosholog/2006/09/post_4510.html


いま読み返してみても意見は変わりません。それどころか、父親と母親の区別がなくなりつつある社会で、父親の役割を論じる意味がどこあたりにあるのかを探る必要にあらためて気がついています。本人中心からみれば、問題設定を変える必要があるでしょう。ついでにいうと親なきアトという問題設定も、親中心の問題設定です。

こうした課題設定は、たぶんなくならないとは思いますが、比重は下がると思います。父親や母親の役割を議論することは、その人たちに負担をどの程度強いるかという話に直結するのですが、それは。おかしいでしょう。家族の役割ではなくて社会の役割なのだろうと思います。そうした問題設定が行われないままに、父親や母親、あるいは姉弟の役割を議論しても、ほとんど意味がないというのが私の現在の見解です。

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2010/06/28

皆勤週

 今週(もう先週というべきか)は、わが家の次男は、通所施設へ皆勤である。これは今年に入って二度目(一度目は正月明けの週だったからほぼ半年ぶりか)。
 また、二泊ほどショートステイを使ってみた。行政からのショートステイ支給は、ずいぶん前から頂戴していたが、使ったことがなかった(使いたくなかったというわけではなく、どう使ったらいいのかよく分からなかったということである)。ずいぶんまわりの環境と、わが家の環境とのすりあわせができていなかったなあと、我ながらあきれるばかりである。
 見かねる人からの支援がいくつか入って、なんとか、混乱状態から脱しつつあるというところか。家族にとっても次男にとってもありがたいことである。
 だが、混乱状態を脱しつつあるとはいえ、脱したわけではなく、また今後の方針がたっているわけでもない。本人もそうだけど、家族も生活をどう組み立ていくのか、次男の顔色をみながらじっくりゆっくり考えていくしかない。

 てなことを思いながら、今日もドライブ。首都高は休日にしては混んでいましたね。葛西臨海公園に久しぶりにいったが、ここは相変わらず混んでいましたね。良い場所だからね。

 さて、今週はどうなるか。

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2010/06/18

APEP?(AAPEPでした)

なんだかよくわらかないけど、APEPとかいうものがあるらしい。(AAPEPでした)
 青年期・成人期自閉症教育診断検査改訂版という日本語がインターネット上ででているが、これを実施できる人は限られている。その方が、今日(というか昨日)、わが家の次男の検査をしてくれているはずである。そういえば前の日に夫婦であれこれ調査項目に回答を書き込んだ。この調査項目、応えにくいものが多い。「合格」とか「めばえ」とか「不合格」とかランク付けがあるけど、そのどれでもないよなあ・・・・合格ではなさそうだけど、不合格か?めばえか?わからん?とか、不合格ではなさそうだけど、合格か・いやめばえか?と二人でため息をつくことしばしば。まあ、そんなことはいろんな調査で経験をしているので、これはこう聞きたいのではない?とか、そりゃ答えられんね?とか言いながら、とにかく記入。

検査が、実際にできたかどうかは、よくわからない。なぜならこの二日間、自宅を離れて外に預けているからである。毎月二日間だけ外泊をしているが、その外泊の間の方が検査がしやすいので、ここへ日程調整をした。親としては不甲斐ない話である。しかも私は完全に今日を忘れていた。諸事万端、他のことにアタマがいっている。いかんなあ。

家人はちゃんと覚えていたが、今日、どうなったか聞いていないという。なんで聞かないの・・・そんなの忙しいのに悪いじゃない・・・そうだね、でも連絡はなかったの・・・・お泊まりだからないわよ・・・・まあ、そうだなあ・・・連絡がないことはいいことだ。怪我をしたりすると連絡がくるけど、ATAPを受けられたがどうかなんて、親に知らせても知らせなくても事業者にとってはあんまり意味がないんだろうな。それにそんなことに構っているほどヒマでもないだろうしなあ。結果をたのしみに待とう。

とにかく、というわけで静な一日を過ごしている。知らせのないのがよい知らせ。ともかく私は明日から出張。次男とは私が一番、関わりが薄いことは確か。どうしたもんかねえ。このダメ父は・・。いや、ほかの関係者がいればいいのかなあ、父はなくとも子は育つ。でも、そんなん寂しいよね。

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2010/06/14

残波

週の初めの月曜日は、とにかく疲れるので難しい話はやめにして、お酒の話。
残波である。先日、友人がわが家の「見舞い」に届けてくれた。
琉球泡盛である。なんでもご実家筋から特注でケース買いされるそうで、そんな特殊な関係がないとなかなか手にはいらないものらしい。

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たしかに旨い。しかも一升瓶である。製造元のサイトによれば、数年にわたって金賞を獲得した品物だとか。残波でも特別の品物なのだろう。居酒屋でときおり残波をおいているが、これはたしかに違う。

良い酒の味わいがする。つまみがいらない。私は、ものごとが単純な人間なので、酒は旨いか、マズイかどちらかに分類してしまうのであるが、これはもちろん旨い。

サイトにはフルーティーって書いてあったけど、そうかなあ。そんな軽いものではないと思うけど。若い女性向けのさけかもしれないけど(フルーティ)、おじさんも堪能できる一品ですよ。若い人は、これをひょっとしたらカクテルでノンデンじゃないかなあ。ああ、もったいない。

 

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2010/06/03

宮崎から

口蹄疫の話ではありません。宮崎の友人が、完熟マンゴーの太陽のタマゴを送ってくれました。


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これが噂の果物か・・・と物珍しさが勝っています。

 


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さっそくいただきました。うーむ、確かにうまい。こんなにうまものだったのか。と、あたりえのですが、単純によろこんでいます。

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