2011/01/26

ヨーロッパ人権裁判所2010年5月20日判決

成年後見利用が自動的に選挙権喪失に繋がるのかどうなのか、いろんな動向を調べている。その中で、昨年の2010年5月20日にヨーロッパ人権裁判所が下した判決にぶつかった。

 EU加盟諸国の間では、障害者の選挙権制限を撤廃ないし緩和する動きが顕著であるが、なお後見利用が自動的に選挙権喪失に連動する法制度を持つ国もある。この事件の被告側となったハンガリーもそうした国の一つであり、同国憲法には、後見に付されたものは選挙権を失う旨の規定が明記されている。2010年5月20日にヨーロッパ人権裁判所は、同国のこの後見規定がヨーロッパ人権条約に抵触するとの判決を下した。ECtHR, Alayos Kiss v. Hungary, No38832/06,Judgment of 20 May 2010.

 なおヨーロッパ人権裁判所というのはヨーロッパ人権条約を批准している加盟国の条約実施状態を監督するために1950年代から設置されている歴史のある裁判所で、大法廷(加盟国数の数だけ存在する裁判官全員)と小法廷(7名からなる)の二つがあるが、上記判決は、第2小法廷で2006年に受理され、2010年に判決があり、3ヶ月後に大法廷への上訴がなかったため8月20日に確定している。確認が必要であろうが、条約違反であるという内容なので、今後はハンガリーが同国の国内法を整備するかどうかを、加盟国の閣僚委員会が監視しつづけ、進展がなければ勧告意見などがでるのではないかと私は想像している。(このあたりは専門外なので、調べるのがやや手間がかかる)。

 事件は、鬱病で限定的ガーディアンシップ(包括的ガーディアンシップと限定的に分かれている限定的なほうがより軽いものだある)にハンガリー国内の地裁で付された男性が、国政選挙に投票できないのはヨーロッパ人権条約に抵触するとして、提訴したものである。この男性(以下原告)は、自身が鬱病で限定的ガーディアンシップの利用が必要であること自体は、争っていない。しかし、それが選挙権喪失に連動することを知らなかったため、民法上の仕組みでしかない後見制度の利用が、同国憲法で選挙権喪失の対象とされていることが、ヨーロッパ人権条約(第一追加議定書第3条:平等選挙を定めた規定)に抵触するとしてヨーロッパ人権裁判所に提訴したものである。
 追加議定書(protcol)というのもややこしいが、これはヨーロッパ人権条約が最初に成立した当時は、とりあえず合意できるものだけを先に条約化したため、そのアトに合意が成立したものを、次々と条約の中に追加しているものである。

 また、この裁判には、ハーバードロースクールのThe Harvard Law School Project on Disability (HPOD)が、書面参加を申出て裁判所から許可されている。このプロジェクトは、障害者権利条約の完全実施を世界的に働きかけるための研究組織である。この参加人も原告も、ともに障害者権利条約の12条と29条を引用しつつ、ハンガリーの憲法はこれら国際人権法に抵触していると主張した。なおハンガリーは障害者権利条約を2007年7月20日に批准している。

 裁判所は、7名の全員一致で、ハンガリーの選挙権喪失規定は、ヨーロッパ人権条約第一追加議定書第3条に違反すると判示し、ハンガリーに対し原告に総額8000ユーロの金銭の支払いを命じている。

 その判決理由の中で、裁判所は、投票権制度に関わる各国の立法裁量は認めつつも、限定的ガーディアンシップに服する人の個別能力の審査をともなわない選挙権剥奪は、その立法裁量権を逸脱していると述べ、精神障害者のように過去において顕著な差別を受けてきた社会的弱者に対する基本的人権の制限は、その制限につき重大な理由が存在しなければならない、と述べている。

 そして障害者権利条約を含む国際人権規約に言及しつつ、知的障害や精神障害をもつ人々を、ひとりひとりの個人ではなく、単一のクラス(社会階層)として無差別に取り扱うことは、問題をはらんだ分類であって、その人々の権利の制約は厳しい吟味を経なければならない、と延べ、個別的司法審査をせずに限定的ガーディアンシップが必要であるということのみを根拠とする投票権剥奪は、投票権の制限の正当な理由とはなりえいない、と明確に述べている。

なお、同判決は下記のサイトからアクセスできる。
http://cmiskp.echr.coe.int/tkp197/view.asp?action=html&documentId=868178&portal=hbkm&source=externalbydocnumber&table=F69A27FD8FB86142BF01C1166DEA398649

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2010/11/07

保育園の動静把握義務ならびに事故対応

「上尾市立上尾保育所内における園児の死亡事故に関する国家賠償請求について,担任保育士の動静把握義務違反につき重過失を認め,原告らの慰謝料算定にあたってこれを考慮した事例」である。判決自体は昨年の暮れであるが、判決文が最近の判例時報に掲載されていた。
さいたいま地裁判決平成21年12月16日

判例タイムズ 1324号107頁、判例時報 2081号60頁

 園外の散歩から帰ってから1時間以上もたってから一人の園児がいないことに保育士が気づき、保育士が園内外を手分けして捜したが見つからず、知らせを聞いて駆け戻った園長が園内を調べたところ、本棚の奥に隠れている当該園児を発見、病院に搬送したものの熱中症で死亡した、という事件である。


 保育の世界ではかなり有名な事件である。事故後に市側は事故調査委員会を設けているが、それも含めて事故後の対応が、遺族側の反発を呼んでおり、動静把握義務と並んで事故後の対応という点でも注目を浴びた。

 事故そのものについては、保育園側(上尾市側)に法的責任があることは争いになっておらず、争点は「重過失」と評価されるものかどうかである。
 裁判所は、保育士と園児らが、散歩から保育所に帰った際,「園内の人数を確認せず,その後1時間以上もの間,死亡した園児の動静を把握することを怠ったことは明らかであるから,一般的に保育士に求められるべき注意義務の基準に照らして重大な過失があるというべきであると判断し,原告らの請求を一部認容している。

 過失であっても重過失であっても、損害額には変わりがないと思われるかも知れないが、1)国家賠償法上、重過失の場合には保育士個人への自治体の求償権(つまり保育士の個人責任)が発生すること、2)慰謝料の算定で、重過失が斟酌されていること(つまり増額)、に違いが出ている。

 判決文の関連箇所は下記。重過失もさることながら、事故後の説明のまずさを指摘している。このあたり非常に難しいところである。A1、A2は親族、Bは死亡園児である。

 (イ) 次に,本件事故の原因についてみると,上記2に認定したとおり,本件事故は,Bの担任保育士であったK保育士とL保育士が1時間以上もBの動静把握を怠ったこと,そして,Bの所在不明発覚後も,一緒に遊んでいると認識していた他の児童からBの居場所や遊びの内容を聞き出すことなく,散歩から帰ったときに人数確認をしていなかった事実もあって,闇雲に園外を捜し回るなど不適切な捜索活動を行ったことによって引き起こされたものであり,特に,担任保育士らの上記過失行為のうち動静把握義務違反については,重過失とまで認められるのであり,この点も,原告A2及び原告A1の慰謝料を算定するにあたって十分に考慮するべきである。
 (ウ) 本件事故後の事情についてみると,原告A2及び原告A1において,Bがなぜ死んでしまったのか,どのような状況で死に至ったのかといった本件事故の状況を知りたいと思うことは至極当然のことであって,被告としては,その要求に十分配慮してしかるべきであったにもかかわらず,上記1(6)に認定したとおり,上尾保育所及び被告は,マスコミや他の保護者に対する報告説明を優先させ,その報告内容も,報告説明会を開くこと自体についても,原告らには知らせていなかったのであり,原告A2及び原告A1が本件事故当日の経緯について説明を受けたのも,本件事故から10日以上経って原告A2及び原告A1が上尾保育所に連絡をとって初めて実現したものであった。
 このように,本件事故後の原告A2及び原告A1に対する被告の対応は,同原告らの心痛に十分に配慮したものとは言い難く,これらの事情についても原告A2及び原告A1の慰謝料を算定するにあたって考慮するのが相当である。
 (エ) 以上のほか,本件に顕れた一切の事情を総合考慮すると,原告A1の本件事故による固有の慰謝料として,400万円を認めるのが相当である。」



判例時報の解説によれば、類似判例として、千葉地判平成20年3月27日判例時報2009号116頁(幼稚園の敷地にそって存在する用水路に園児が転落して死亡した事件)と福岡地判平成15年1月30日判例時報1830号118頁(うつぶせに寝かされた生後4ヶ月の乳幼児が窒息死した事件)があるそうである。

ちなみに、余計なことかだが、判例時報と判例タイムズの解説は同じ文章が掲載されるものだと思っていたが、本件では違っている。

本件は、電子媒体としては、最高裁の判例データベースに掲載されているので全文をみることができる。
最高裁公式データベース

テキストベースは、判例ウオッチのサイトを引用しておこう。

また、原告側担当弁護士のブログもある。
http://bengoshi-teramachi.blog.so-net.ne.jp/2010-01-01

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2010/07/03

権利能力なき社団に対する強制執行(朝鮮総連ビル事件)

6月29日に最高裁が、権利能力なき社団の所有(構成員の総有)にかかる不動産について、その権利能力なき社団に対して債務名義をもつ(勝訴判決)金銭債権者が強制執行をする方法を示した判決を言い渡した。

29日に言い渡して、その日のうちに最高裁データベースに搭載され(商業データベースはまったく追いつけない)、その日の内に北大の町村先生がコメントをブログで書いている。いや早いなあ。

http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2010/06/arret-36d8.html

最高裁判決はこちら 最判平成22年6月29日最高裁データベース

この事件は、町村先生ご指摘の通り、民訴的にとても興味深い判決です。そして、事実関係的にも実に面白い事件で、マスメディアはそちらの側面で取り上げています。

たとえば毎日新聞の6月30日の記事

朝鮮総連:競売訴訟 総連本部、差し押さえ可能 最高裁「資産認定確定すれば」
 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部が入る東京都千代田区の土地建物を差し押さえるため、整理回収機構が登記上の所有者に対する執行文の付与を求めた訴訟の上告審判決が29日、最高裁第3小法廷であった。近藤崇晴裁判長は執行文付与を認めず機構側敗訴とする一方で、「土地建物が実質的に総連の資産と認めた確定判決があれば、差し押さえは可能」との判断を示した。差し押さえ実現に道筋を付ける判決となった。

 中央本部の土地建物は、総連議長が代表社員を務める合資会社「朝鮮中央会館管理会」名義で登記されている。機構は総連に債権約627億円の支払いを求めた訴訟で全面勝訴したが、土地建物の差し押さえに必要な管理会に対する執行文を東京地裁が付与しなかったため、付与を求める裁判を起こした。

ほかに沢山のメディアが報道していますが、記事が消えないことを祈って西日本新聞をあげておきます。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/181333

この最高裁判決は、結論的には執行文付与を認めなかったのですが、権利能力なき社団である朝鮮総連の所有であることを確認する判決があれば、直接、強制執行ができる、と判断しています。こっちはダメだけど、こういうやりかたがあるよと親切に教えてあげた判決ということになりましょう。

そして、その教えてくれた内容が、承継執行文の付与をもって行うという従来の考え方を否定して、朝鮮総連の所有であるとの朝鮮総連と管理会相手の確認判決があれば、直接、朝鮮総連相手に強制執行ができると判断したのですから、これは画期的な新判断です。なんだか、権利能力なき社団の訴訟上の取り扱いでもやもやしたところが、少し明瞭になったと思います。

なお、この判決の原審については、上智大の田頭章一先生が、判例時報2072号198頁(判例評論616号36p)で解説されています。

ところで、この朝鮮総連ビル、もともと登記名義は管理会だったのでしょうか。ご存じのように、元公安調査庁長官だった人が代表を務める投資会社に名義をいったん移転したとして、緒方元長官が逮捕され、朝鮮総連側の代理人である元日弁連会長の土屋さんとの関連もいろいろ取りざたされたことがあります。

朝鮮総連本部ビル売却問題

いろいろですなあ。

あ、こんなサイトもありました。
http://japanlaw.blog.ocn.ne.jp/japan_law_express/2010/06/post_7c36.html

http://japanlaw.blog.ocn.ne.jp/japan_law_express/2009/03/post_6b48.html

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2009/12/26

重度障害者の逸失利益、こんとは判決

先日、重度障害者の逸失利益を認める和解が裁判所で成立したという報道をご紹介した。
http://www.satosho.org/satosholog/2009/12/post-3f6f.html

こんどは、判決である。和解については、内容がいまひとつ明確でなくて、よくわからない面もあったが、こちらは判決なので内容が比較的あきらかになっている。従来であれば逆の判断が出たケースであった事例のようである。


 

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2008/06/13

ヤミ金は元本返済不要

6月10日第三小法廷のもうひとつの注目判例です。こういう新判例に接すると、「長生きはしてみるもんだ」とつくづく思います。

ヤミ金の借金、元本も返済不要
最高裁第三小法廷平成20年06月10日(最高裁サイト)

判例WATCHサイト

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2008/05/30

「だから」と「なのに」 裁判官の不祥事1

 宇都宮地裁の現職裁判官が、ストーカー容疑で逮捕されたニュースが飛び交っていた。報道は少し落ち着いたようであるが、この事件を素材に少しあれこれ書いてみた。数回の連載になる(予定です)。

 

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2007/07/05

ある後見紛争

最近の判例時報に掲載されていた事件である。まだ、データベースなどには登場していない。非常に興味深い事件なので紹介する。
東京地判H18・7・6日 判例時報1965号75p
 大正2年生まれの高齢者に関して、養子縁組と任意後見2件、法定後見利用が行われた後、養子の一人から関係者を相手に、最初の任意後見契約の解除の無効、後行する任意後見契約の登記の無効を理由に訴訟提起が行われた事案である。原告の全面勝訴である(控訴されている)

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2007/06/28

自傷で失明、元生徒側が逆転勝訴

精神科医のAFCPさんに教えていただきました。京都府の向ヶ丘養護学校の事件です。地裁は生徒側の1億円を超える損害賠償請求を棄却する判決を昨年の1月に出していましたが、大阪高裁は、今月(2007年6月21日)に6200万円の支払いを命じる逆転判決を出したようです。

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2006/12/28

姉歯・ヒューザー物件の最期

F1000021  今日は船橋市内をうろちょろしていましたが、目に付いたのは、こちらの風景。毎日見ているのですがゆっくり写真を撮ることが最近できなくて。姉歯・ヒューザー物件のマンションの解体がほぼ終わっています。
 前方に見えるのは、船橋中央市場の建物。まえはこれが見えなかったです。

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2006/12/08

米投資会社:毎日新聞社と和解

標記は、12月5日の毎日新聞からです。社会面の端になにげなく掲載されていましたので、気がつかない人も多かったと思います。

 日本国内の新聞記事でアメリカの会社が名誉を毀損されたとしてアメリカの裁判所に訴訟を提起したこの事件は、名誉毀損の考え方だけでなく、国際裁判管轄のあり方の点でも興味深いものです。仮に日本企業の米国法人がニューヨークの土地取引を不当な値段で行ったとニューヨークタイムズやワシントンポストに掲載されたとして、日本企業が日本の裁判所に名誉毀損訴訟を提起したらどうなるか、と考えれば、問題の所在が分かります。

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